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【読了記録】今月読んだ本 ~24年11,12月編~

越年更新(迫真)


■11月

ガイ・ドイッチャー(著)、椋田直子(訳)『言語が違えば、世界も違って見えるわけ』

古代ギリシャの詩人、ホメロスは著作の中で海の色をワインの色(葡萄酒色)に例えている。本当にそう見えたのか?はたまたホメロスの時代には本当に海がワインのような赤紫色をしていたのだろうか?この問いに対して一つの回答を与えてくれるのが本書である。

結論から言うとこれは色彩を表す語彙の制約によるものである。海の色を表す語彙に制約があるためワインの色を用いているのだ。この制約はギリシャ世界に限った話ではなく、日本人も昔は「あか」「あお」「くろ」「しろ」の語彙しかなかった。そのためその4色だけが「〇〇い」という形を取れる。他の色、例えば「き」は「きいろい」となりどうしても「いろ(色)」が必要。緑色であっても青と表現するのも、この歴史的経緯のためである。青りんご、青野菜などは「若い、未熟」という語彙も包含している。語彙による制約は色彩だけを表すとは限らない。

本書で頻繁に登場する言語にグーグ・イミディル語がある。この言語は左右の語彙を持たず「絶対方位」によって位置関係を表現する。例えば自分の足の右側に石がある時、自らが北を向いていれば「足の東に石がある」と東西南北を用いて表現する。そんなグーグ・イミディル語話者に物の位置関係を説明させると実験する方位で結果が変わる。もちろん、方位を変えれば結果も変動する。更にその方位感覚はかなり正確でこれが後天的に身につくのだから驚きだ。

外国語を学ぶ際に出てくる性別を有した名詞についても取り上げている。例えばドイツ語などには男性名詞と女性名詞があり、日本人目線からすれば非常にわかりにくい概念である。しかし少し意外だったがドイツ語で書かれたものを英訳するのも非常に難しいのだ。対象の単語が性を有することでより深い意味、ニュアンスといっていいものを有することがある。これを他の言語で表現するのは中々骨の折れる作業である。少し違うかもしれないが日本語ではやたら一人称が多いのも似たようなものだと感じた。それは本人の性格を表現する一助になっており、こういった要素も単語が含意することを深める一因になっている。

言語が知覚や視覚に与える影響、これらのテーマも非常に興味深かった。あとは「複雑な社会ほど複雑な文章の体系を有するのか?」という引きのある箇所もあり言語と思考の関係を様々な切り口で語った興味深い一冊だった。早川書房なだけあって骨太本ではあったが楽しめた。

花木良『中学数学で磨く数学センス -数と図形に強くなる新しい勉強法』

中学3年生までで習う基本的な数学、あるいは義務教育過程で学べる数学知識で数字をこねくり回すと、数の性質を学べる。
数学的なセンスは「計算能力の高さ」ではない。ある問題に対して多角的に、例えば数を並び替えたり変形したり図形で表したり、様々な操作を行い別の視点で捉えて新たな側面を発見することこそが数学センスである。
私が小学生の頃に出会っていたらどっぷり浸かっていたであろう一冊。

中勘助『銀の匙』

あるとき、抽匣(ひきだし)から見つけた銀の匙。それを端初に語られる病弱だったが愛情に包まれていた幼少期、回復し活発だった小学校時代・・・

橋本武先生によって灘高校の国語3年間の教材にもなった本。淡々と進んでいくが流麗な文章と子供の視点で語った子供の思い出のようなそこか素朴かつ詩的な文章。大人が書くある種の理想像のような子供の姿はない。例えるならば「追憶」という言葉がぴったりだと思った。こんな文章を書いてみたい。

星新一『午後の恐竜』

好きな星新一から一冊。ショートショートではなく短編11篇をまとめたもの。表題作が面白かったのと、『契約時代』は現代風刺のような内容でショートショート集と同じように楽しめた。

池上英洋『「失われた名画」の展覧会』

フェルメールの『合奏』やファン・エイクの『ヘントの祭壇画』に代表されるような盗難や戦災で失われた名画を集めた美術本。まずフルカラーなのが良かったが、章ごとに挟まる解説、及びコラムがとても興味ふかいものばかりだった。うんちくも随所に散りばめられており、読んでいて飽きることがなかった。

WW2時、頑丈な作りの高射砲塔に保管した美術品が火災によって失われた例が多いのが驚きだった。ヨーロッパでは美術品を塩山や軍事施設に隠した例も多々あるとは知っていたが、百点以上も一箇所に保管していればそこが陥落した際の被害も甚大になるのも宜なるかな。

本書の中には未発見な美術品の他にタリバンによって破壊された大仏や、窃盗犯の親族が盗品を燃やしてしまったケースなど二度と現物を拝めないようなものもある。未発見の美術品がいつか無事な状態で発見されることを切に願う。

早野龍五『「科学的」は武器になる』

著者の人生を振り返るような自伝的な一冊。常に自らの面白さを軸に研究されていた方だからこそ、何の役に立つか分からない研究を面白いからやるという著者の考えが徹頭徹尾反映されていて良かった。また、この何に役立つか分からない研究を理解させることより、面白がっていることを相手に伝える姿勢が重要、というのは社会生活においてとても重要である。

著者自身が東日本大震災で膨大な情報からSNSで情報発信を続けていた立場から、「科学的な論証と政治的な主張は切り離すべき」という考えも今のデマやフェイクニュースが溢れている昨今のインターネットでは情報リテラシーとして素晴らしい。一個人の自伝としても中高生くらいの年代に読んでもらいたい。

■12月

谷岡一郎・荒木義明『ペンローズの幾何学 - 対称性から黄金比、アインシュタイン・タイルまで』

2020年、ロジャー・ペンローズ氏はブラックホール研究の功績でにノーベル物理学賞を受賞した。それ以外の氏の有名な研究はペンローズ・タイルである。これは非周期的な平面充填を当時の最小種類で実現可能にする画期的な発見だった。でもこれが一体何がすごいのか、パッと見では理解できない。本書では平面充填とは何か、ペンローズ・タイルの画期性や特徴、そして本書の表紙にも描かれているモチーフのもとになった、アインシュタイン・タイルの発見まで記されている。

特定の図形で平面を埋め尽くすだけならレンガやハニカム構造がすぐに想起される。しかしこれはあるパターンを平行移動するとすぐに重なってしまう周期性を保つものである。この周期性を持たないように充填するのは非常に難しい。加えてなるべく少ない種類のタイルで実現するのは幾何学の一大テーマだった。ペンローズ氏が発見したのは2種類の図形、"凧"と"矢"からなる平面充填方法だった。その発見から50年後に1種類の図形、アインシュタイン・タイルによって1種類のタイルでの非周期的な平面充填が可能になった。しかも発見者が数学者ではない一般のデザイナーというのがとても興味深い。

ペンローズ・タイルはある物質の結晶構造と深く関係しており、数学という分野を超えて人々の好奇心を駆り立てている。またエッシャーやモスクの幾何学模様などアートの世界とも繋がりがあるため、自分としては好きなものの組み合わせといった内容でとても面白かった。


上下巻の上だけ読んだ本もあるので、それらは翌月以降に追って記したい。


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