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太陽、自転車、ロサンゼルス

"That's a hard job"

 レンタサイクル屋のおじさんは僕に言った。

 
 サンタモニカからハリウッドまでの移動手段は何がいいのか昨日の夜に考えてみた。するとサンタモニカからハリウッドまで約22キロあることがわかった。日本では毎日通勤で約9キロほどの距離を自転車で走ってるから、なんとなくその距離や疲労を想像すると体力的にはできなくもない。
 
 「よし、自転車で行ってみよう」と僕は翌朝サンタモニカピアにあるレンタサイクル屋へ足を運び、店のおじさんにハリウッドまで行ってみるよと言うと、ハードジョブだと言われ驚かれたが、僕には自信があった。

 物価の高い国で、現地を近距離探訪するベストな交通手段は自転車である。もちろん、お金に余裕があるならタクシーでいいだろう。しかし、少ない資金で貧乏旅行する身としては、タクシーでの移動は不経済だ。

 地図と方位磁針を用意し、サンタモニカから自転車を走らせた。
 
 天候が良くて陽の光が眩しい。それは日本で浴びる黄色い光ではなく、すべてが鮮やかに見えるほどの白い光で、とても気持ちがいい。どうも国によって陽の光の量は異なるようで、こういった白い光をヨーロッパやオーストラリアでも感じた。何が原因だかわからないけど、それについて人から話を聞いたことはない。いつか調べてみよう。

 しばらく自転車で走ると、ジワっと汗をかいた。5月だけどまるで真夏のような暑さで、その中を片道22キロ走るのだから、確かにハードジョブになりそうだ。
 
 ロサンゼルスは道幅が広いので、余裕を持って自転車走行できる。さらに風景が楽しく、パステルカラーのかわいい家が建ち並び、目を楽しませてくれる。それを考えると、地元のさいたま市を自転車で走って、これほど楽しいと思ったことがあっただろうか?
 
 ロサンゼルスでサイクリングの楽しさを初めて実感した。
 
 途中で小腹が減ったので休憩がてらにカフェへ入ってみた。
 
 そこでは目が大きくて、赤いTシャツがはちきれそうなほど大きな胸をした、20歳くらいのかわいい女の子がレジを打っていた。ロサンゼルスでかわいい女の子なんてなかなかお目にかかれなかったけど、その子は日本人の僕にもはっきり言えるほど、わかりやすいかわいさがあった。そういえば、シドニーシェルダンの「コインの冒険」には、田舎からハリウッドへ上京してきて、コーヒーショップでアルバイトをしながら女優を目指す女の子が登場するけど、このカフェでレジを打っている女の子もハリウッド女優を目指しているんだろうか?なんてどうでもいい妄想を膨らませてみた。
 
 その店でパンを2つとコーヒーを頼んだ。ついでにハリウッドまでどう行けばいいのかも聞いてみた。

"How can I get to Hollywood ?"

しかし、女の子に「ハリウッド」と言ってもなかなか通じない。何度言っても通じそうにないので、機転を利かせてHollywoodのスペル通り、恐る恐る「ホリウッド」と言ってみた。するとこの発音で女の子に通じ、彼女は丁寧にハリウッド(ホリウッド?)までの道を教えてくれた。そうか、ハリウッドじゃなくてホリウッドなのか・・・

 お金を払うと、レジの女の子は突然、僕がその時着ていたピンクのTシャツにプリントされてある一文を読み出した。

 "Sorry Papa,Mama,I'm a Yankee....huh"

 なんだか勝手に納得したような顔をした。

 ・・・これBLANKEY JET CITYのツアーTシャツだぜ?この一文だけを見てもわけがわからないだろうけどな(汗)。ただ、普通に他人とフレンドリーな会話のできる文化って素敵やん。

 カフェを出て、また暑いカリフォルニアの太陽の下を再び自転車で走った。彼女の言うとおりに道を進み、時々地図を出して確認しながら進んでいくと、そこに、かの有名なレッドカーペットが現れた。

 来た来た。
 
 Hollywood,Here I come !

レッドカーペット付近では、黒人たちがCDを手売りしていて片っ端から観光客たちに声をかけていた。僕はそのレッドカーペットを囲っている柵に自転車をたてかけて鍵を掛け、他の観光客と同じように周辺のチャイニーズシアターや俳優たちの手形を写真に納めた。そのうち僕も黒人たちに声をかけられるんじゃないかって思ってたけど、誰からも声をかけられなかった。なぜだろう?自転車で現れて鉄の柵に自転車を鍵でつないでる様子を見て地元の人間だと思われたのかな?まぁ確かにハリウッドに自転車で現れたら玄人臭がでちゃうよなぁ・・・

 さて、ここではスティーブ・マックイーンファンの僕としては、彼の手形を探さないわけにはいかない。

 「大脱走」や「荒野の七人」などいろいろ観て、一時期は「スティーブマックイーン祭り」と称して、彼が登場する映画を毎晩観賞するようなこともあった者としては、自分の手をスティーブマックイーンの手形に合わせることが、いかに重要なことか。それはイスラム教徒がメッカへ巡礼し礼拝するようなものだ(大袈裟)

 今思えば、小学生の頃に観た「大脱走」はすごく面白かったし、影響も受けた。僕の中でかっこいい男と言えばスティーブマックイーンなのだ。

 チャイニーズシアターの前の数ある手形の中を探してみると・・・

「あっ」

拍子抜けするくらいあっさり発見してしまった。

 周りを見渡すと、誰もスティーブマックイーンの手形を気にかけていない。つまり、今、ただ一人、僕だけがスティーブマックイーンの手形に対峙しているのであった。
 
 神と交信するかのような神聖な気持ちで、ゆっくり自分の手を彼の手形に合わせた。

思ったほど大きくないスティーブマックイーンの手は時を超えて僕の手と重なった。僕は彼と一つになったのだった。ありがとうハリウッド、ありがとうスティーブマックイーン!

 続いて、ダウンタウンに行ってみると、なんだか雰囲気が怖い。うかうかしてると後ろから襲われたり、スリに遭ったりするかもしれないと恐怖心に苛まれた。僕は時々後ろを振り返りながら恐る恐るダウンタウンを散策してみた。話されている言語や看板がスペイン語だらけ。この付近だけは、まるでメキシコだ(行ったことはないけど・・・)

 後で知ったけど、その場所はスキッドロウと呼ばれるスラム街でかなり危ない場所だったらしい。
 
 その近くには格安で洋服を販売している卸売り店がたくさんあったので、帽子をいくつか購入した。ほとんどの商品がMADE IN CHINAと書かれている。これって日本でも買えるんじゃないか?

夕方になり帰る予定の時刻になったが、すでに僕は体力を使い果たしていた。

さすがにまた22キロもの道のりを自転車で帰る気にはなれなかった。しかし早くレンタサイクル屋に戻って自転車を返却しないと延長料金が加算されてしまうので、バスを使ってサンタモニカまで帰ることにした。

 実は、ロサンゼルスを走っているバスのフロント部分には自転車を載せられる設置台が2つ装備されていて、2台までならそこに自転車を載せて乗車できるのだ。

 バス停で待っているとサンタモニカ行きのバスが来た。

 自転車を載せようと思ったら、すでに2台の自転車がバスのフロントに収まっているではないか!

 僕は自転車をバスの中に載せてもいいか?とバスの運転手に手で合図してみたが、プロレスラーのような風体で強面のサングラスをかけた長髪の男は運転席から静かに首を2回振った。

 もし自転車を載せようものなら、容赦なくラリアットされそうなオーラがその運転手にはある。わざわざ危険を冒してまで無理をすることもないだろう。潔くそのバスを諦め、次のバスを待つことにした。

 心の中で「頼むから次のバスに自転車を載っけさせてくれ」と祈る気持ちでバスを待った。

 そして15分くらいしてから再びサンタモニカ行きのバスが現れた。バスのフロントを見ると、2台の設置台のうち1台は他の自転車が載ってはいるものの、もう1台は空いている。

 ・・・救われた。

 旅を続けていると、時々白が出るか黒が出るか、ラッキーとアンラッキーの分水嶺に出くわすけど、今日はロサンゼルスの天使が微笑みかけてくれたらしい。

 日本のバスにもこういう自転車設置台をつければいいのに、と思いながらバスのフロントに自転車を設置して、バスに乗り込んで座席に座った。

 時刻は帰宅ラッシュに重なっていたらしく、バスはひどい交通渋滞にはまってしまった。

自転車の返却は間に合うか? 

結局、予定より1時間くらい遅れてサンタモニカへ到着し、僕は自転車を延滞してレンタサイクルに返却することになってしまった。もちろん延長料金をしっかり請求され、泣く泣く追加料金を支払ったのだが、自転車でハリウッドやダウンタウンまで行ったことや交通渋滞で遅れたことを店の若いお兄ちゃんに話したら笑いながら言われた。

 "That's a hard job"

#わたしの旅行記


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