今、暇な人~?『ゴヤの名画と優しい泥棒』を映画館に観に行ってください!
何気ない気持ちで見た映画が、とんでもなく良いことがある。そんなことは稀だが、今日、それが起きてしまった。
この『ゴヤの名画と優しい泥棒』はそんな映画だった。
日本映画会社は、元のタイトルではあまり日本人には馴染まないだろうと感じた海外作品のタイトルを、どんどんと改変していく傾向にあり、この映画もその影響をもろに食らっている。
元タイトルは"The Duke"。日本語で「公爵」という意味。
この公爵というのは、スペイン出身のフランシスコ・デ・ゴヤ作の『ウェリントン公爵』(1812-14)のことを指している。
このウェリントン公爵というのは、本名をアーサー・ウェルズリー(1769-1852)といい、イギリスの軍人であった。
彼はあのフランスの英雄(?)であるナポレオン・ボナパルトを、かの有名なワーテルローの戦い(1815)で打ち破り、流刑にまで追い込んだ、いわばイギリスの英雄であった。
ちなみに余談であるが、ゴヤはスペイン出身の画家であり、ナポレオンはスペインを占領していたため、ナポレオンの失脚によって、スペインは独立へと歩を進めることになる。それに加えて、ゴヤはスペイン独立戦争(1808-1814)でのフランス軍によるスペインの民間人虐殺にも強い嫌悪感を抱き、『マドリード、1808年5月3日』という絵を描いていることから、ナポレオンには強い感情を抱いていたということがわかる。
さぁ本題に入るけども、このウェリントン公爵というのはイギリス人からすると、ナポレオンの暴走を止めた英雄であるから、その人の絵画というのはめちゃくちゃ価値があるものなのだ。日本ではそういうものがないからなんとも説明しづらいけど。
しかし、ニューヨークの収集家であるチャールズ・ライツマンによって購入されてしまう。それに対してイギリスからは「イギリスの宝を、外国に出していいのか??」という声が挙がったらしい。
そこでイギリスの財団と政府が資金を出し合い、14万ポンドで買い戻し、それをロンドンのナショナルギャラリーに展示することにした。それが1961年8月2日のことだった。
しかし、その19日後にその絵が盗まれてしまった。それがこの映画の導入である。
イギリスのスピリットともなるその絵が、いとも簡単に盗まれ、しかもその犯人(イギリスの田舎に住む普通の男性=ケンプトン・バントンの息子のジャッキー)から、「慈善よりも、芸術を高く評価する人間から金をかすめ取る」という脅迫文が届く。
これがジャッキーが絵を盗んだ原因であった。
もう少し、絵を盗んだ動機を深堀りしてみると、ジャッキーは父親のケンプトンの「国営放送のBBC(日本でいうNHK)の受信料をタダにしろ!」という活動を支援するために、この窃盗事件を起こした。その絵の身代金をもとに全英中の受信料を払ってしまおうというつもりだったわけだ。
さらに、この事件の判決も見てみよう。この事件は裁判員裁判制度によって無罪となっている(厳密に言えば、額縁を盗んだ罪だけは有罪になったけど)。無罪の理由としては、「隣人(つまり自分以外のすべての人)のために行った、隣人愛あふれる行動であるから」というもの。
これは明らかにキリスト教的価値観に基づいている。
そもそも「隣人愛」というのはキリスト教の教義の導入中の導入と言えるものであるし、「弱きを助け、強きをくじく」というのもキリストの教えの中でも特に有名だ。実際、ケンプトンが立った裁判所の台にも、「主よ、我を導き給え」という文が刻まれており、この映画におけるキリスト教の影響が垣間見える。
ケンプトンの思想はもはや哲学ではなく、クリスチャンからすれば非常に常識的な考えに基づいているのだと思う。だからこそ、一般市民に事件の是非を問う、裁判員裁判では無罪を勝ち取れたのだ。
そのため、この映画を見て、「なんでこいつ無罪なんだ?明らかに有罪だろ!!」とプンスカする日本人がいても、なんらおかしくないと思う。だって、どう考えても悪いからね。日本人の価値観を基にして考えてみると。
ただ、キリスト教が国民生活に浸透しているイギリス社会では、彼の行動の動機は、市民の慈悲に問いかけるようなものだった。だからこそ、こんなハートフルな珍事件として扱われているのだ。
「私はあなたで、あなたは私だ。あなたなしでは私は存在できない」というケンプトンの発言は、キリスト教的な相互扶助の関係を端的に、そして詩的に表した非常に優れたものだと思う。
そしてこの発言はこの映画を要約するのにぴったりなものだ。
しかしながら、この映画にも「ん??」となるシーンも多い。ケンプトンの息子のケニーの妻であるパミーが、絵の盗難に気付いて「黙っといたるから割り勘でどうや?」と詰め寄る割には、そのあと一切出てこないし、
ケンプトンの同僚の中東出身の男性を、人種差別的な言動から守る描写って、隣人愛を強調したいのはわかるけど、やりすぎじゃね?と思うし。
ただ、それらを上回るぐらい脚本も気持ち悪くない程度にテンポが速いのも心地いいし、なによりケンプトンと妻のドロシーと掛け合いがめちゃくちゃ面白い。めちゃくちゃイギリス人やな~みたいな会話が面白い。
例えば、ケンプトンがテレビでウェリントン公爵の絵を政府が買い取ったことを報道したのを見たときに、「これは俺らの税金で買ったんだぞ!」ってキレたら、たちまち「いや、お前無職やんけ」とか切り込んでくる。き、き、きびし~~~;;
そんなドロシーも憎めない感じで、というか全員がとにかく魅力的で素敵な映画でした。歴史とかも書いたけど、その辺を気にしなくても楽しめるような映画だと思います…!
ぜひ劇場で!
また明日!!!