【インタビュー=演劇⑤】 大谷亮介(俳優)&彩吹真央(俳優) こまつ座第130回公演「イヌの仇討」出演(2020)
井上ひさしが吉良上野介の視点から赤穂浪士らの吉良邸討ち入りを描いた1988年初演の話題作を2017年にこまつ座としては初めての再演として大谷亮介の主演で復活させた舞台「イヌの仇討」が2020年1月に再演される。赤穂浪士の忠義を強調するあまり、天下の大悪人のようにイメージが固定化されてしまった吉良を、思慮深く上品な上に討ち入りの緊急事態に陥っても断片的な情報から大石内蔵助の真意を見抜いていく明晰な頭脳を持つ大人物として描く井上の会心の戯曲が再び蘇る今、前回に引き続き東憲司演出のもと、吉良を演じる大谷と側妻のお吟を演じる彩吹真央に、井上が込めた思いと、再演に臨む稽古場の雰囲気を聞いた。(聞き手=エンタメ批評家・阪清和、写真は舞台「イヌの仇討」に出演する大谷亮介と彩吹真央=撮影・阪清和)
舞台「イヌの仇討」は1月17~19日に横浜市泉区の横浜市泉区文化センター テアトルフォンテ ホールで上演される。その後4月初旬にかけて中部・北陸・四国・北海道ブロックの演劇鑑賞会で巡演される予定。
チケットに関する問い合わせは、こまつ座(03-3862-5941)。
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★舞台「イヌの仇討」公演情報(公演中と公演予定の作品を紹介するページであるため、「イヌの仇討」の情報が新しい作品に差し替えられている可能性があります)
舞台「イヌの仇討」はもともと「長屋の仇討」というタイトルで上演が予定されていたが、直前になって改題され、内容も変わった作品。1988年に初演されて以降、こまつ座では、一度も再演されていなかったが、2017年に29年ぶりに初めて再演された。
舞台の設定はまさしく日本人の誰もが知るあの吉良邸討ち入り。時は元禄十五年(一七〇二)十二月十五日の七ツ時分(午前四時頃)だ。
大石内蔵助が率いる赤穂浪士は、討ち入って吉良の寝所を急襲したが、既にお付きの者とともに逃げていてもぬけの殻。3度も家探しをしたと言われている。
この物語は吉良がその間身を潜めていた炭部屋での出来事。
炭部屋には吉良上野介(大谷亮介)が、側妻のお吟(彩吹真央)や女中頭のお三(西山水木)、忠義な家来衆やお付きの者や女中らとともにひしめき合うようにして隠れている。そこにはなぜか一人の盗人もいる。そして将軍から預かっているお犬様も。時は将軍綱吉の御代。生類憐みの令の施政下である。
なにかと赤穂浪士に同情的な世間の空気を嘆きつつも、お付きの者や家来衆、果ては盗人までが知恵を出し合い、事態の突破口を探ろうと懸命に奮闘する。見えざる敵である大石内蔵助の断片的な情報を聞くうち、吉良がやがては討ち入りの「真実」に気付き始める。
★舞台「イヌの仇討」の稽古風景。左から植本純米、彩吹真央、大谷亮介(写真提供・こまつ座)
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-2回目の「イヌの仇討」ですが、前回とは違いますか?
【大谷】 メンバーが4人変わってるので、やはり新鮮ですね。今回、お三さまは西山水木さんがやっていますが、ちょっと色っぽくてね(笑)。あと、近習3人も植本純米さんだけ一緒で、後の2人は違いますしね。時代劇にぴったりという感じでね。盗人役は新たに劇団桟敷童子の原口健太郎さんが演じていて、これがね、盗人っていう感じがするんです。
【彩吹】 誉め言葉ですよ(笑)。
-出演者が一部でも変わるとやはり違うものですか?
【大谷】 変わりますね。最初から前回と全然違うなっていう感じでした。僕らは1回経験していて、しかも2年前だったので、かろうじて記憶が残っています。新たに加わった4人の方は初めてなので、私たちはあんまり焦らないで、その人たちに合わせてやっています。
-初めての方は全体像をつかむのにある程度時間がかかりますからね。
【大谷】 井上さんの戯曲は、時代らしい言葉で、しかも演劇のせりふとして書かれているので、前回も簡単に覚えられませんでした。前のページとほんの少し違う言い方をしていたりして微妙なニュアンスがあるんです。
-井上作品に出演したことは前回貴重な体験だったと思いますが、今回またできる、というのはどんな気持ちですか?
【大谷】 井上さんの戯曲は奥が深いです。日本人が聞いていてなるほどなと感じる理屈が盛り込まれていたり、ちょっとしたなんでもない単純な描写が詩みたいだったりして、面白いなあと思いますね。
【彩吹】 どのせりふにも説得力があるんです。たくさん言葉があるのにその言葉をチョイスするセンスというか。それを羅列することによって伝わって来るものがある。せりふが人の心に突き刺さる、そして伝わる。そういう戯曲として作られたということを端々に感じますね。言葉の意味とか深さを咀嚼して体にしみこませるのが初演のときは大変でした。それを今回初演の方は苦労されていますが、みんなで井上先生のそういう意図を感じながら一緒に歩んでいくということが大切だと思います。
-前回苦労された点をさらに教えてください。
【大谷】 東さんが稽古場でもよくおっしゃるんですけど、彼らは追っ手の赤穂浪士たちから「隠れている」状況なんですね。だから本当はひそひそ声でしゃべってないとおかしいのに、それだと大きな劇場では聞こえないから、ひそひそ声でしゃべっているという感じを大きな声でしゃべらないといけないんです。そこがなかなか難しくてね。
【彩吹】 特殊な技術が必要ですよね。
【大谷】 技術も要るし、気持ちもそういう気にならないと、なかなかその技術にまでいかないですね。
【彩吹】 現代の私たちだと(追われて隠れているっていう状況は)なかなかないことじゃないですか。見つかったら殺されるという危機感の中での、意外と面白かったりする芝居というか、危機感の中の人間模様というか。だけど、どうしても感情が入ると、(大声で)ばあーって言っちゃう。今回もそれに苦労しています。ついつい大きな声で会話をしてしまう。お吟とお三は言い争うシーンがあるんですけど、みんながほんとに「しーっ!」って言いたくなるような、そんな言い方をしてしまうので大変です。
-ひそひそしゃべっていると思わせなければならない。そんなしゃべり方をしないといけないと?
【大谷】 ええ。敵方の声はめちゃくちゃ聞こえているんです。だからこっちの声も、ほんとだったらまる聴こえなはずなんですけどね(笑)。
-確かに演劇は2人が部屋で話すシーンでも、劇場の後ろに聞こえるぐらいにしゃべらないといけませんけど、この作品の状況ではさらに声を潜めているはずですからね。
【大谷】 そうです。前回も苦労しました。音響さんにも色々助けて頂きました。
-東憲司さんの演出は前回と違いはありますか?
【大谷】 基本的には違いはないと思います。ただ、われわれに慣れたのか、自分のやりたい情熱をすごく素直におっしゃるんで、分かりやすいんです。初めてだった前回はお互いになかなか言葉の意味が通じなくて、「どういうこと?」っていうようなこともありました。わーっとなんか言おうとしている東さんを見て、「分かりました」っていう感じでしたから(笑)。
-東さん自身はそういうところ変わらないけど、受け取る側の理解が進んでいるということですね。
【大谷】 そうです、そうです(笑)。「いいですよ、とっても」って仰る時は、「何かあったかな」と分かるとかね(笑)。最初は「いいですよ、とっても」って仰るんですけど、「ただそこだけですね」って最後になんか付け加える。ほんとはそこが言いたいんですけど、まず「とっても良かった」って仰るんですよ(笑)。
-大谷さんは前回、吉良のことをかなり文献にもあたって調べたと私のインタビューでおっしゃっていましたが、その後あれだけの公演をやられて、さらに吉良に対する理解も進んだと思います。今は吉良についてどんな風に感じられていますか?
【大谷】 私はもともと子どもの時から映画の「忠臣蔵」を観てなんかかうさんくさいなって思っていたんです。全然好きじゃなかった。だって、あんな悪そうな人が、高い位に就けるわけがない。だから吉良は本当はもっときちっとした人だったんだろうなと思います。おかみにお仕えし、しきたりとかを伝えていく係というものは、非常に人間としての矜持(誇り・プライド)というか、分をわきまえているはずだとね。
-前回の彩吹さんの演技を見ていて、ご隠居様への愛情深さがよく出ていたなあと感じたんですが、そこが今回もやはりポイントですか?
【彩吹】 どの登場人物もお隠居様に対する愛情は深いんですよ。でも特に側妻(そばめ)という役割としては、とにかくまっすぐに愛情を注ぐ人なんだろうっていうのが最初に戯曲を読んだ時のインスピレーションでしたので、そこを何があっても崩さない女性として演じたいというのがありました。ですからそこを追求しています。どんなに御家の誉れが傷つこうが、ご隠居様が生きていてさえいてくれればという、そういう思いですね。一番大切なものはなんですかと聞かれたら、愛だったり矜持だったりだと思いますからね。
-お吟はそうした愛がぶれないところもあるし、逆に包容力があってどんな形でもいらっしゃいというところもあって、両方の特徴がよく出ていたなと思いました。
【彩吹】 前回は宝塚歌劇団を卒業して初めての日本ものでしたし、今思い返せば、こまつ座さん、井上先生の作品も初めてで、間違っちゃいけない、イメージを崩してはいけないという堅い鎧みたいなのを背負って緊張していたかな。今回2年経って、いろんな経験を積んで私も余裕が出てきていますから、ただまっすぐな愛だけではなくて、柔軟にいろんなものが受け取れるような人だったらいいかなと思っています。今回お稽古してて感じたのが、お吟は一番現代人に近い感覚の持ち主だなということ。お三様が昔から吉良家に仕えている人で、誉れや世間口を一番気にする。そういう人に対して、怖れもなく「私はこう思う」ということを言えちゃうところがすごく現代人だなと感じます。そういう意味で、お吟の存在がこの狭い炭小屋の中の新鮮な風というか、そんなスパイスになればいいなと思っています。
-作品と現代人をつなぐ役割を井上さんはもしかしたらお吟に与えているかもしれませんね。
【彩吹】 ええ、きっとそうだと思います。どんな作品も井上先生は、正義というものをテーマに置かれることが多いんですけど、みんなが当たり前だと思っていることを意外とそうじゃないのかもと思わせてくれたりする。だれもが知っている「忠臣蔵」ではない裏を書いているわけですから、ほんとによく出来た戯曲だなと思いますね。今回、全国を回らせていただけるので、「忠臣蔵」って本当はこうなんじゃないかなと思われる方が増えたらいいなと思っています(笑)。
【大谷】 井上先生はすごく調べてらっしゃるんで。一度書庫を見せていただいたことがあるんですけど、ここからここまでが「イヌの仇討」の執筆にあたって調べた本ですって紹介されました。1000冊ぐらいありましたよ。
【彩吹】 きっと井上先生は本に囲まれて生きていらっしゃったんでしょうね。
-前回、上演されたことによって「忠臣蔵論争」にも一石を投じましたね。
【大谷】 現代でも、突然一気に悪者にされてしまう例はありますでしょ? それを井上さんは何十年も前に(この戯曲に)書いたんです。だから本当の「忠臣蔵」はこうだったということよりも、もっと根本的に書きたかった井上先生の思いが伝わるように演じられればいいかなと思っています。
-お客様にはどういうところを見てほしいと思いますか?
【大谷】 吉良の居ずまい、たたずまいみたいなもの、人間の性根みたいなものを伝えられるようにやりたいですね。そしてそれをお客様に感じてもらえるように演じたいと思います。
【彩吹】 310年以上前の実際に起きた事件をいま客席に座られた皆さんの目の前で、生きている私たちの身体と声を通して表現することを感じてくだされば嬉しいですね。今だとSNSが発達して良いうわさも悪いうわさもパッとひろがりますけど、何が真実かというのはご自身の目で見て感じることが大事。そしてそうして感じたことを言葉にすることを大事にしてほしいなと思います。噂に流されるのではなく、私たちが表現するこの昔の話を目の前で見ることで、ご自身で真実を見ることが大事なんだなと思っていただけたら嬉しいかなと思います。
-物事を一方からだけ見る怖さを感じ取ってほしいということですね?
【彩吹】 そうですね。
【大谷】 はい、そうですね。
舞台「イヌの仇討」は1月17~19日に横浜市泉区の横浜市泉区文化センター テアトルフォンテ ホールで上演される。その後4月初旬にかけて中部・北陸・四国・北海道ブロックの演劇鑑賞会で巡演される予定。
出演は大谷亮介、彩吹真央、植本純米、石原由宇、大手忍、尾身美詞、西山水木、俵木藤汰、田鍋謙一郎、原口健太郎。
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