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夢に向かって疾走し、苦しみを振り切ろうと奮闘する京本大我の夢へのエネルギーは、すべての観客の夢と共鳴して、大きなうねりを産み出している…★劇評★【ミュージカル=ニュージーズ(2021)】

 かつて新聞記者だった私にとって、新聞配達や売り子の人たちには本当に感謝の思いが強い。私たち記者が血眼になって獲得したスクープを、そして感性の限りを尽くして書き上げた特集記事を、毎日、何千万人もの人の自宅に届けてくれるのだから当然だ。激務だった仕事帰りの真夜中に新聞配送の車を見かけると、たとえそれが自分の所属している会社の新聞でなくても、手を合わせて感謝の念を送ったものだ。それもこれも新聞販売店という日本独自のシステムが確立してるおかげ。今では少なくなったものの、日本でも貧困家庭の子どもたちが新聞配達をするという苦労話が語られることはあるが、19世紀末の米国の、特にニューヨークやシカゴなどの大都市では、ホームレスの子どもや孤児らが新聞配達を担っていたという悲しい歴史がある。しかも、給料で雇われているのではなく、新聞社から卸値で買い取って自分たちの縄張りで販売するシステム。つまり全部売り切らないと赤字になる。資本主義の帝国である米国ではそんなシステムがまかり通っていたのである。路上売りと配達という違いはあるものの、あまりにも悲惨な時代があったのだ。そんな新聞の売り子たち(ニュージーズ)を主人公にしたブロードウェイで人気のディズニーミュージカル「ニュージーズ」が上演中だ。組合の結成など社会的にも目覚めていく彼らは人間としても成長。そのダイナミックな変化が、物語の勢いとなって舞台から溢れ出すほどの躍動感を見せつける。絶望と希望、振り子のように揺れる彼らの心のありかをぐいぐいと引っ張っていくのが、リーダーを演じる京本大我。男性アイドルグループ「SixTONES」のメンバーとしての活躍でも知られる京本だが、夢に向かって疾走し、苦しみや悲しみを振り切ろうと奮闘する彼の夢へのエネルギーは、すべての観客の夢と共鳴して、大きなうねりを産み出しているようだ。原作となった映画からミュージカルに転換する際に強調されたロマンスや、複雑な振付による若きキャストらの群舞も絶大な効果を上げており、なんともわくわくする作品に仕上がっている。演出は小池修一郎。(画像はミュージカル「ニュージーズ」とは関係ありません。イメージです)
 ミュージカル「ニュージーズ」は10月9~30日に東京・日比谷の日生劇場で、11月11~17日に大阪市の梅田芸術劇場メインホールで上演される。

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