【Report=「国家と個人」「移ろう世論」、井上ひさしの真意への模索続くこまつ座「イヌの仇討」稽古場(2020)】
井上ひさしが吉良上野介の目線で「忠臣蔵」の裏側を描いた舞台「イヌの仇討」が1988年の初演以来、こまつ座としては29年ぶりに初めて再演された2017年に続き大谷亮介、彩吹真央らの出演で再々演される。劇団座敷童子を率いる東憲司の演出のもと、1月17日の初日に向けて連日東京都内の稽古場で厳しい稽古が続いている。家探しをする赤穂浪士から逃れて吉良たちが隠れていた吉良邸お勝手台所の炭部屋を唯一の舞台に、吉良を筆頭にして側妻や女中頭、家来衆、果てはたまたま居合わせた盗人までが知恵を出し合い、事態の突破口を探ろうと懸命に奮闘する姿を描いていく。部屋に出入りする坊主が断片的に仕入れてきた情報を基に大石内蔵助の意図や討ち入りの真相に気付いていく吉良の明晰な分析ぶりは、危機が迫りくる中での謎解きゲームのようにスリリングである一方で、移ろいやすい世論と、国家と個人の欺瞞に満ちた関係性が観客の胸に鋭い刃を突き立てる激しさに満ちている。この傑作戯曲に秘められた井上ひさしの真意を模索する稽古という旅が大詰めを迎える中、取材を特別に許された当ブログ「SEVEN HEARTS」が、知的な探究心で導き出した答えをかたちにしようと日々努力を積み重ねる稽古場から緊急リポートする。(写真は舞台「イヌの仇討」の稽古風景=写真提供・こまつ座)
舞台「イヌの仇討」は1月17~19日に横浜市泉区の横浜市泉区文化センター テアトルフォンテ ホールで上演される。その後4月初旬にかけて中部・北陸・四国・北海道ブロックの演劇鑑賞会で巡演される予定。
出演は大谷亮介、彩吹真央、植本純米、石原由宇、大手忍、尾身美詞、西山水木、俵木藤汰、田鍋謙一郎、原口健太郎。
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稽古は、小さな返し(繰り返し)の稽古を積み重ねながら徐々に前に進めていく段階。既に2幕目に入り、全編を通す「通し稽古」も間近に控えている。仕草や立ち位置も徐々に微調整されていく。東は一定の長さのシーンを俳優に演じさせ、気になる部分を指摘してはくり返し演じさせていく。
東は会話と動作の関係性に言及するなど、ひとつひとつの動作やせりふを観客がどう受け取るか慎重に見極めていく。しかしそれもただきめ細かく微に入り細に入り調整するだけではない。時には物語のうねりや全体にも作用する大きなテンポの流れにも注意を傾け、大局的な観点からの指示も送る。
物語が「加速していく」シーンでは、「のんびりにならないように」と注意を与えた。
テンポについては興味深い指摘があった。「テンポ感を出す」というと、俳優はせりふを縮めて素早く言い、それを小気味よく展開させていくということをしがちだが、東は、相手とのせりふの間が詰まることでもテンポ感が出て来ることを示唆した。つまりせりふのやり取りが生み出す関係性によって、一定のリズムとテンポが生まれる。演劇が「関係性の芸術」と言われることを考え合わせれば、面白い指摘だ。
さらに、本作が吉良を中心とした群像ものという性格も持っているため、炭小屋という狭い場所に閉じ込められた(というか、隠れている)10人の登場人物の位置や動きのデザインが重要になってくる。
大石の意図に吉良が気付き始めるシーンでも、その吉良の変化に家来やお付きの者たちが気付き始めるタイミングは一様ではない。一斉に気付くというような不自然さを排除することに加えて、タイミングが違うことで波のように広がっていくそれぞれの人物の変化によって、舞台上には複雑なバイブレーションが生まれていく。
東はとにかく、俳優たちには「いま現在、登場人物たちが置かれている状況」を徹底的に意識させる。
物語は徐々に、浅野内匠頭や赤穂藩、討ち入りそのものに対する疑問や、大石内蔵助の真意、お上の欺瞞などに近づいていく。吉良がまるで「覚醒」したように事態を読み解く一連のアプローチには、稽古段階とはいえ、既に凄みさえ感じさせる。
ここには漫然と動いたり、流れに合わせて演じたりしている俳優は一人もいない。みんな何らかの意図を演技に込めている。それでも東は、その意図一つ一つにもメスを入れながら、パーフェクトな表現へと導いていく。
大谷は膨大なせりふと格闘しながらも、いかにそれをタイミング良く発するか、試行錯誤を続ける。そして特に目立つのが、大谷の演じる吉良の説得力だ。人間的な深みを感じる豊かなふくらみを持った声質もそれを助けている。泰然自若として理知的な吉良。観客が「なんとかして吉良を助けてやりたい」と思うほどにその表現はリアルな誠実さを持つ。
彩吹はその吉良に対する愛情を磨き上げていく。あくまでも柔らかな動きとしなやかさ仕草がその表現を支えているが、その時々に感じさせるきりっとしたプライドと対になって、お吟という女性の魅力を伝えている。
西山水木は、体調不良のため降板を余儀なくされた三田和代が前回披露した演技との距離感を慎重に見極めながらも、新しいお三像を描き出そうとしている。
武士としての誇りと躍動感をみなぎらせる近習たちを演じる植本純米、俵木藤汰、田鍋謙一郎の奮闘ぶり、そして盗人を演じる原口健太郎や坊主を演じる石原由宇の芸達者ぶりは見どころが多く、よりよい表現への模索が続く。
女中を演じる大手忍、尾身美詞は前回からの連投ということもあり、しっかりと役割を果たしているのが印象的だった。
舞台「イヌの仇討」は1月17~19日に横浜市泉区の横浜市泉区文化センター テアトルフォンテ ホールで上演される。その後4月初旬にかけて中部・北陸・四国・北海道ブロックの演劇鑑賞会で巡演される予定。
出演は大谷亮介、彩吹真央、植本純米、石原由宇、大手忍、尾身美詞、西山水木、俵木藤汰、田鍋謙一郎、原口健太郎。
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