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見えない糸

 息子が頭部MRI検査を受ける前月、2月のこと。

少年サッカー、いじめ、そして怪我のこと vol.6
https://note.com/seven_riders/n/n8245f2f01ad3

 所属するチームのパパ仲間から、英国プレミアリーグのメジャークラブが運営するサッカースクールの話を聞いた。息子に興味あるかと聞くと、目をキラキラさせて「大ありだよ!」と言うので体験コースに参加することになった。まぁそうなるわな。

 息子曰く、同級生でクラブ以外にサッカースクールに通っている子は少なくないそうだ。朝練、午後練、週末の試合もある上にスクールまで通えば、友達と遊ぶ時間も減り費用も倍増するのに、小学生がそこまでする理由はどこにあるのだろう。

 サッカー関連の書籍でも、テーマは日本と海外の指導方法の違いについてが多い。実際に親として関わってみて感じた日本のジュニアサッカーの印象は、そこに書かれていたこととほぼ同じだった。

 しかし、日本にもこれまでの指導方法をどんどんアップデートして、先駆的な指導を研究、実践する指導者が少なからずいることもわかった(子どものヘディングを1980年代にやめている指導者もいた)

 他に多かったのは、子どもの人権や安全、選手の将来に対する意識の違い、最新の科学的で安全なトレーニング、育成期の過剰なトレーニングの弊害(子どものスポーツ障害)についてなど。ちなみに、どの書籍にも頻出する話題は「日本の子どもたちの過剰なまでの従順さ」だったが、これはもう随分前からあらゆる分野で言われていることだ(子どもだけじゃないね)。

 さて、体験の結果は。

 通常の練習に混ざって体験を終えた息子の言葉を借りると、「スクールの練習に参加したら、いまのチームでは自分がまるで見えない糸で身体をギチギチに縛られてプレイしていたことがわかった。練習でも試合でもコーチがすごく怒鳴るから身体が止まっちゃうんだけど、ここの練習は自分の意思で自由に動いても怒られないし、良いところを必ず褒めてくれるから本当に楽しかった。次に来るのが超楽しみ!」

 ある意味、予想通りの反応でもあり、僕はとても複雑な気持ちになった。結局そういうことなのか、という落胆もあった。

 確かに息子はいきいきとプレーしていたし、そこでは子どもの人権を軽視しているような言動は全く見られない。子どもを抑圧するような怒鳴り声は一度も聞こえなかった(これが当たり前の姿だよな、と再認識した)。

 コーチは英語だったのでうまくコミュニケーションを取れないような場面もあったけど、ゲームが始まればそこはサッカー小僧同士だ。初めての相手でも器用にチームプレイが出来ていた。

 このスクールではサッカーを、フェイントや素早いパス回しなど、(素人の目から見て)実戦さながらの駆け引きを使った文字通り「ゲーム」を中心として教えていたし、見学しているだけでも「サッカーを本気で楽しもう、自由に発想しよう」という姿勢が伝わってきた。もちろんミスしたからといって罰走なんてさせない。その練習を見ていたら、サッカーって自由でクリエィティブで本当に面白いスポーツなんだなぁ、と僕は素直に感心していた。息子が夢中になるのもわかる。

 ちなみに、イングランドの2020年FIFAランキングは4位。日本は28位だ。

 だからこそ、僕の気持ちは複雑だ。

 聞けば、このクラブが運営する各地のスクールは定員以上の申し込みがありすぐには入校できないと言う。それは、所属チームの練習以外に、一回60分のスクールに月4回、1万円(5歳〜)の投資をしてでもここでしか学べないことがあるという証拠でもある。需要が高いのだ。それもわかりすぎるくらいわかる。でも日本、それでいいのか?

 結局、3月にヘディングが原因による硬膜下血腫が発見されたため、以降スクールに通うことは叶わなかったが、本人は完治したら通いたいと心待ちにしている。そのスクールは小学生にヘディングをやらせていない。

 日本は8月になると戦争関連のニュースやTVの特別番組が増える。描かれるのはいつも、無責任なリーダー、人命の軽視、兵站の軽視、自軍兵士や捕虜への虐待。ありえない戦略のベースとなる極端な精神主義、夥しい数の餓死者。体制側のありとあらゆる都合の犠牲になるのはいつも若者や弱い立場の人間ばかりだ(最後は子どもに竹槍だぜ?)。

 残念だけど、それら事象は現在進行形のように思えてならない。

 スポーツ指導者(大人)から選手(子ども)へのえげつない暴言や虐待行為はいまも日本のどこかで行われているだけでなく、もはや世界にも知れ渡っている。大人がこのままでは未来の子どもだって同じことをするだろう。


 暴力や暴言を使ったり、人前で恥をかかせたりするような指導で本当に選手のパフォーマンスが上がるのだとすれば、日本は様々なカテゴリーでとっくに世界一になっているはずだ。

 でも現実はそうではない。日本は過去の大戦だけでなく、スポーツの世界でもリスク軽視の事故や、常軌を逸した指導やいじめによる自殺で優秀な選手や子どもたちを失い続けている。大人に罵倒され人格否定され嫌になって競技を去っていく子どももいる。僕ら大人は何度でもその理由を考え、議論し、子どもたちを守らなければならない。その大人ですら、過労やパワハラで命を失くす人があとを絶たないのだけれど。

 仮にその壮絶な環境をサバイブ出来たとして、その個人には何が残るのだろう。

 精神的、身体的虐待によってひとりの少年を自死に追い込んだバスケットボール部監督の事件だって、いまからたった6年前のことだ。何年たってもこのような事件から学び伝える必要がある。

桜宮高校バスケット部体罰事件の真実―そして少年は死ぬことに決めた― 島沢優子 https://www.amazon.co.jp/dp/4022512229/ref=cm_sw_r_tw_awdo_btf_c_x_9.mmFbCSQ1ZJP @amazonJP


 息子が言う「見えない糸」は、いまも僕らのまわりにたくさん存在する。

 僕は子どもの頃からその「見えない糸」が大嫌いだった。でも、当時はうまく戦うことはできなかった。

 大人になったいま、ひとりの親として、子どもたちが少しでもその見えない糸から解放されるように、子どもの人権を守り、彼らが自ら考え判断できる環境を作るため、何度でも声をあげ続けるしかない(本当は、そんな必要がない方がいいんだけど)。

 結局のところ子どものスポーツに対して保護者ができることなんて、精神的、身体的な安全確保くらいなのだ。主役は子どもたちだ。

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