【ショートストーリー】22 500円のお年玉
「叔父さんからお年玉預かったわよ」
瑛斗は母親からカラフルなポチ袋を受け取った。
「いくらかなぁ?」
いつも叔父さんからお年玉もらってたかなと思いつつ、袋のなかを覗きこんだ瑛斗は鉛色の硬貨が見えたとき微妙な気持ちになった。
「500円かぁ、もう二年生だから仙台のばあちゃんみたいに5000円くらいもらえるかと思ったのに」
母親は古新聞を束ねながら背中で瑛斗の呟きを聞いていた。
「ねぇお母さん、叔父さんて、もしかして貧乏なの?」
瑛斗の質問に母親は動作を止め答えた。
「どうして?」
「だって、お年玉が500円なんて幼稚園の時より少ないよ。だからさ、もしかして叔父さんすごくお金ないのかなって、なんかそれなら悪いなって思っちゃってさ」
「貧乏なんかじゃないわよ。今年なんか『会った時瑛斗に是非お年玉あげたい』って言って聞かなかったのよ」
母親はその時のやり取りを思い出したのか、少し吹き出しそうになった。
「へぇ」
瑛斗はまた不思議な思いがしてきた。
(貧乏なんかじゃないなら、すごくケチなのかな‥‥でもあげたいって言ってたなら違うよなぁ)
瑛斗が最後に叔父に会ったのは4年前。
姿はなんとなく思い出されるが、記憶は曖昧で当時幼稚園だった瑛斗にとっては全く知らない人に等しかった。
母親は小さな考えるヒトを微笑ましく眺めると、こう瑛斗に提案した。
「今度の土曜日に叔父さんに会いに行こうか?お礼も言えるわよ」
「あ、うん」
瑛斗は考えながら答えた。
(もしかして、叔父さんは子どもにそんなたくさんお金あげないようにしてるのかなぁ。お菓子とか、おもちゃとか、お金をあるだけつかっちゃうからかなぁ)
瑛斗はこの不思議さを前になんだか考えが止まらなくなってきた。
(もしかして、叔父さんはちゃんとお金をくれたけど、お父さんとお母さんが抜き取ってもらっちゃったとか‥‥でも叔父さんだけ抜き取ってだとおかしいか)
(もしかして、叔父さんは大金もちだからほんとは10万円くらい電子マネーでもらっていて、現金が少なかったとか?仕方なく500円入れたとか?)
次の土曜日になった。
瑛斗は母親に連れられ、車である場所を訪れた。
叔父さんからもらった500円も財布に入れてきた。あわよくば漫画でも買おうと思ったのだ。
そこは何か病院のような学校のような白い壁の3階建ての施設だった。
「こんにちは、お世話になってます」
母親が声をかけると施設の職員の人たちが笑顔で答える。
奥の作業場のようなスペースで数人が何かの仕分け作業のようなことをしているのが見えた。
手前で叔父さんが座っていた。
「ご苦労様、着替えもってきたよ」
瑛斗の母親が声をかけると、叔父さんは無言で受け取った。
近くで見ると何かボルトのような物を取り外し、種類ごと細かな部品を分けている。
続いて母親の背後から瑛斗も顔を出す。
瑛斗は少し叔父さんが笑った気がした。
「叔父さん、お年玉ありがとう」
叔父さんは手を止め、上目で瑛斗を見ると、「ああ」と「おう」の間くらいの返事をした。
瑛斗はそれ以上何も言えなかった。
帰りの車。母親はハンドルを握り、いつもと同じような口調で瑛斗に話しかけた。
「びっくりした?」
「え、うん。ちょっと」
「叔父さん、赤ちゃんの時の病気で、人と話すのとか、言葉を読んだり書いたりするのがすごく苦手なの」
瑛斗は車の窓ガラスに鼻をつけて外の流れる景色を見ていた。いつも見た景色だと、瑛斗は思った。
「叔父さんの今日のお給料いくらぐらいだと思う?」
「うーん」
瑛斗は唸るような声をだし、また考えた。
「200円ちょっとくらいよ」
瑛斗が答える前に母親は答えた。
「え?ええっ」
瑛斗は財布から500円玉を取り出した。
「あ、もちろん生活に必要なお金は国からもらえるんだけどね。あの作業ではそれくらいしかもらえないのよ。でもね、笑っちゃうんだけど同じ作業所の利用者さんがね、お孫さんにお年玉あげるの見てね。叔父さん、『瑛斗にあげたい』って言うのよ。びっくりしちゃった。なんかそんな風に自分から言ってくれるなんてね。はじめてよ。お母さんすごく嬉しかった」
瑛斗は自分の心のなかの何かが、熱くなるような気がした。たくさんいろいろな気持ちが溢れそうになりながらも、次に叔父さんと会ったらもっと話してみようと思った。自分の話もしようと思った。
車が点滅信号で止まった。
「お母さん、今日叔父さんに会えてよかったよ」
そう言うと瑛斗は、叔父さんからもらった500円を強く握りしめた。
おしまい