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【雄手舟瑞物語#16-インド編】仕事6日目(後編①)、逃亡計画II(1999/8/5)

インドのぼったくりツーリスト・オフィスに身が囚われてから(と、いっても自分から飛び込んだのだが)1週間経ち、初めて僕と僕のバックパックだけになった。

今日の午前中、気分が悪くなった僕は、相棒のラジャから「今日の午後は客引きの仕事を休んで、ホテルでゆっくりしてろ」と言われ、今一人でホテルにいる。

一旦頭を落ち着かせるためにベッドの上に座った。

インドに到着した初日にラジャ一味に所持金の大半をボッタクられたが、10日間お金を使わずに過ごせば、残りの20日程の旅程を何とかやっていける算段がついていた。それから9日目。何とかなりそうな見込みが見えてきた。

僕はラジャの一味に加わって客引きの仕事をしていたが、折角楽しみにインドに来ているツーリスト達に嫌な思いをさせている自分が許せず、何度も逃げ出したい気持ちになった。しかし、逃げ出すにもお金はないし、自分の荷物も手元にない。我慢するしかなかった。


しかし今、全てが整った。

今なら逃げられる。

逃げよう。

僕は確実に逃げ切るために、どうすれば良いかを考えた。久々に「地球の歩き方」を手に取り、デリー市内の地図のページを開いた。

・・・。

そうだった。

6日間、客引きとしてデリー市内を徘徊していたが、基本的に、ラジャについて回っていたので土地勘がない。今、このホテルがどこにあるのか、名前すらも分からない。ホテルに関する手がかりがないかと部屋の中を物色したが、何も出ない。

もう一度、ベッドの上で頭を落ち着かせる。

「!!」

「さっき隣りの部屋に入っていった白人のおっさんに助けてもらおう!この場所を聞き出して、ちょっと離れたどこか別のホテルまで一緒に連れて行ってもらえば良いんだ!」

僕は名案を思いつき、ベッドから立ち上がった。が、立ち止まる。もしかしたら部屋の前で誰かが見張っているかもしれない。とりあえず荷物は持たず、部屋を出てみよう。高鳴る鼓動を抑え、自分の部屋のドアを開ける。

そして、閉める。誰もいない。

開けて、閉めるを何度か繰り返す。


ついに決心して部屋を出る。

コンコン。コンコン。

おっさんの部屋のドアをノックした。ちょっと待つ。もう一度叩く。

コンコン。

ガチャ。

白人のおっさんが中から出てきた!

「こんにちは。」と声を掛ける。「おぉ、こんにちは。」とおっさん。

「急にすいません。実はお話したいことがあるんです。ちょっとお時間良いですか?」と聞くと、おっさんは「もちろん!どうぞ。」と快く僕を中に入れてくれた。

部屋に入り、すぐさま僕は「ありがとうございます!インドに初めて一人旅に来たんですが、実はインド人に騙されてしまって。」とチャンスを逃すまじと、僕の身の上話を一気にブチ込む。「お金を取られた上に、彼らに無理やり働かされているんです。」と話した。

おっさんは、「なんと、それは可哀想に。」と同情してくれている様子だ。僕はすぐさま本題に切り込む。「今、偶然一人になれたので、逃げたいと考えているんです。どこか少し離れた別のホテルに移動したいと思ってるのですが、土地勘がなくて。道に迷っている間に彼らに見つかったら問題なので、もし可能であれば、僕を別のホテルまで連れて行って頂けないでしょうか?」とお願いした。

もちろん突拍子もない申し出だとは分かっていたので、聞いてもらえるかは、ちょっと自信がなかった。実際、一瞬、間があった。

「そうか。」おっさんは言った。そして、

「分かった!君の状況は大変だ。私でよければ力になるよ!」と笑顔で協力を申し出てくれたのだ!


「やったーー!ありがとうございます!ありがとうございます!」僕は何度も感謝を伝えた。それから、おっさんは、

「ただ、今ここに着いたばかりで、シャワーを浴びようと思ってたところなんだ。悪いが15分だけ部屋で待っててくれないか?」

確かに、ちょうど着替え中の様子だった。それで僕がノックをしたときに、服を着直していたために返事に間があったようだ。さすがにこの厚意に対して「今すぐ」なぞ、急かすようなことは言えないので、「分かりました!部屋で待っています。」と答え、自分の部屋に戻った。

1分

2分

5分

10分

よくある話だが、焦る気持ち、早る気持ち、この15分間はとてつもなく長く感じる。

そして15分後、「コンコン」

僕の部屋のドアをノックする音とこのオーストラリア人のおっさんの声が聞こえる。おっさんは、ちゃんと来てくれた!

僕はドアを開けると、おっさんは散歩用だろうか、小さなバッグを持って出かける準備万端で立っていた。

僕は、ついにやってきたこの瞬間と、久しぶりに味わえた嘘偽りも打算もないおっさんの気持ちとで、僕は自然と笑顔になった。そして、すぐに「よしっ!」と新たな旅に向けて表情を引き締め、部屋の外に出た。おっさんと二人、階段の方に踵を返す。

その瞬間


(前後のエピソードと第一話)

※この物語は僕の過去の記憶に基づくものの、都市伝説的な話を織り交ぜたフィクションです。

合わせて、僕のいまを綴る「偶然日記」もよかったら。「雄手舟瑞物語」と交互に掲載しています。


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