『祭り』
僕はいつもうつむいていた。
周囲の顔色や反応をうかがっていた。
僕は話ができない訳ではない。
ポト、ポトと。
口下手なりにポト、ポトと。
話すことはできるのだ。
みんなは優しいから、僕に近づいてきてくれる。
改めて、人間に生まれてよかったと感じた。
弱肉強食の野生の世界では、真っ先に見捨てられるタイプだろうから。
『祭り』
「なあ、君!」
僕は急に呼びかけられ、少し驚き、警戒しつつ、「なんですか?」と聞き直した。
僕は今、イベント会場にいる。
まだ世に出回っていないような漫画が沢山出品されると聞き、このイベントに足を踏み入れたのだ。
人でごったがえす会場内、熱気、嬉しそうな叫び声。僕には少し刺激が強く、会場の隅の柱にもたれ、休憩していたところだった。
「なあ、君!」
「なんですか?」
「今日の17時からある祭り、一緒に参加しないか?」
「祭り?」
突然の誘いに僕はきょとんとする。
そもそも今晩お祭りがあるなんて、初めて知った。
確かに今は夏場で、祭りのシーズンではあったが、近頃引きこもりっぱなしで、そういう情報にはかなり疎かったのだ。
……。
僕は少し考えてから、「行きます」と返事した。
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その後、彼から待ち合わせ場所と祭りの概要をもらい、僕は会場内散策を再開した。
どうしよう、買いすぎた。
僕は両手に紙袋を持っている。
時間はもうすぐ17時だ。
僕は荷物をどこかへしまうことより祭りを優先し、急いで彼が居るであろう場所へと向かった。
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「ごめんなさい!おまたせしました!」
「配達時間遅れた宅配ピザ屋みたいな謝り方だな。全然いいよ。そんな待ってないし。」
彼は少し笑いながら僕をエスコートしてくれた。
祭りの前の静けさだろうか。辺りは結構静かである。今のうちにと思い、僕は彼に一番聞きたかったことを聞いてみた。
「すみません。」
「なに?」
「何で僕みたいなの誘ってくれたんですか?」
「いや、だって君面白いじゃん」
「面白い?」
「凄く目立ってたよ。」
そんな会話の途中、祭りが始まる合図があった。それ以降僕は特に何も言わなかった。
概要によると、このお祭りは20代の人たちが企画したらしく、新しい取り組みがいくつも見受けられた。
二つある会場や派手な演出。例えば囲炉裏がずらっと並べられたコーナーなんてのもあった。
やっぱり、若者の考えることは分からない。
「どーもーー!始まりましたね〜。どうですか皆さん。楽しみになってきたんじゃないですか?」
「おおーー!!」
司会者の学生らしき人が煽ると、皆思い思いに叫んだ。
熱狂が始まる。そんなワクワク感があった。
「ここに集まってもらったのは、漫画をこよなく愛し、身も心も捧げてきた人たちばかりです。」
そう。ここは漫画好きだけが集まる祭り。
全く、若者の考えることは……。
しばらく会場を盛り上げた後、少し間を開けて、真面目な顔でこう言った。
「しかし、あれだけは許せなかった。皆さん知っていますか?人気女優Tさんの発言を。」
一瞬会場が静まり返る
私はライブ配信で彼女が言った発言を振り返る。
「漫画みたいな幼稚な本は読みません。小説の下位互換じゃないですか、あれ。あと、ファンの人もどうかな〜。少なくとも私は友達にはなりたくないかも。」
彼女のSNS上でこの言葉は配信された。
本人は酔っ払っていた。申し訳ないと謝罪し、すぐにアーカイブを消していた。
それでも、僕たちの心の中からは消えない。
消せないのだ。
「これも、その発言をキッカケに企画し始めたんです……。私は伝えたい!漫画は面白いと!小説の下位互換なんかじゃないと!胸を張って伝えたい!」
会場にいた全員が彼の言葉に痺れた。
そんな気がした。
少しの静寂の後、全員が賛同の声をあげた。
会場内は一瞬で熱気に包まれた。
それからは、ただひたすらに叫んでいた。
「漫画は面白い!」
「僕は漫画に救われた!」
「漫画を悪く言うな!」
「Tは真摯に謝罪しろ!」
「お前なんて…!」
囲炉裏の中の炎がパチパチ音をたてながら、いつまでも揺れていた。
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それから3ヶ月後、僕は急に全てを失った。
その一月前に、Tさんは統合失調症であることを告白したのだ。
その時、被害者と加害者の立場なんて、簡単に逆転するらしいことを悟った。
僕は今アカウント停止されたアプリのロゴを見ながら回想する。
僕は弱肉強食の野生の世界はもちろん、弱者に優しいこの社会にも、もはや居場所はないのだと。
僕が必死にかき集めた1万人も、もういない。
このアプリのロゴのように、鳥になってどこかへ飛んでいったようだ。
後悔してももう遅い。
彼女の配信が皆の心から消えなかったように、僕たちがSNSで起こしたデモと発言も皆の心から消えないのだから。
まさに、後の祭りである。