2000字のドラマ『その先が気になって』
「では次、山田桃香さん。」
「はい!私が御社を志望する理由は……」
ーーーーーー
「はぁ〜、まじふざけンな。どれだけ対策してきたと思ってんだ!それを立った3つの質問で落としやがって。」
「なんだよ桃香、また落ちたのか?」
「うっせぇ、健二はいいよなぁ~?あの角藍商事に受かったんだから。」
「いやいや、俺だって大変だったんだぜ?適性試験とか面接とか対策してさぁ。」
「あぁ、もういい。とりあえず飲も!もう今日は就活とか諸々考えたくない。」
「社会人っぽいセリフだな笑」
「へへ、でしょ?乾杯!」
「乾杯。」
山田桃香と神谷健二はうちのゼミ生だ。
1人で来ていたこの飲み屋に、偶然あの2人がやってきたのだ。
私はカウンター席に座り、彼らのいるテーブルに背を向けている。
2人とも未だ私に気づいていないようだ。
”少し盗み聞きしてやるか”
「はぁ〜!チョー旨いなぁハイボールは。決めた、私ハイボールと結婚する。」
「いいな、お似合いだぜお二人さん。」
「てか健二、一杯目巨峰サワーは無いって!」
「いやいや、旨いだろ巨峰サワー。」
「いや、ご飯と合わないっしょ。しかも鳥軟骨食いながらそれはヤバいって笑」
「いーや、ヤバくないね。唐揚げとコーラが相性良いのと同じ原理よ。」
「なんだそれ、それも理解できないわ。」
「てかその喋り方、そろそろ直したほうがいいんじゃないか?」
「なんだ健二、お説教か?」
「いや一応中学からの親友としてさ、桃香がそのまま社会人になると思うとゾッとするわ。」
「てかさ、直すって何?これが私の普通なわけで、直すとか無いんだけど。」
「まーたそうやって……。」
「待って、てか志望動機って何?あれって学生の中で一番凄いシナリオ作れた奴が優勝するだけじゃんね?」
「いやそこ着地するのか。就活の話したくねぇって言ってただろ。」
「気分だよ気分。んで?どーよこの私の推理は。」
「まぁ、あながち間違って無さそうだとは思うけど。俺もめちゃくちゃ盛って話したし」
「ほらほら!角藍商事の人に言ってやろ〜。あいつ嘘つきですって。」
「小学生かよ、やめろって笑」
「でもさ、でもだよ?就活なんて正直ズルした者勝ちじゃない?適性試験の替え玉、面接での嘘、ESの代筆。もうさ、さすがの私も疲れてきちゃった。」
「どうしたのさ急に。」
「いや、さ。私は試験も面接もESもちゃんと自分の力で突破したいわけ。だから今日までずっと、面接に落ちた時は必ず”私はまだまだだ”って思ってきたのよ。」
急に真面目な話をし始めた。
健二も空気を読んで黙っている。
「それなのにさ、私全然報われない。社会って正直者より嘘つきの方が得するのね。」
「ひねくれんなよ。そんなことねぇよ、たぶん。」
「健二だって自信ないじゃん。言い切れてないじゃん。」
「まあ、多分だけどさ、会社と社会は別物なんだよ。会社では嘘をついてでも目標を達成させて成果を出す奴が偉い。社会では正直者が歓迎される。そんな感じじゃないかな。」
「んー、会社の方は何となく当たってる気がするよ。」
「まあ、俺達まだ会社がどんなものか知らないけどな。」
「まあね、バイト以外で働いた事ないし……。」
「ごめん、やっぱやめよこの話。私も巨峰サワー飲むわ!」
「じゃあ俺もおかわり。」
「すいませーん!巨峰サワー2つー!」
“はいよ!”
「あれ?健二、見てあれ。」
「どれ?」
「あの椅子にジャケットかけてるカウンターの……。」
「え、あれ中島教授じゃね?」
「だよね。うわ、どしよ聞かれたなこれ。うわ〜」
「しゃーない、こうなったら話しかけるか。」
「そーね……。中島先生ー!」
あ、バレた。
しかもこのタイミングで。
「お!君たちか!」
「お!君たちか!じゃないっすよ笑。全部聞いてたでしょ絶対。」
「あー、まぁ聞こえてきた箇所もあったな。すまない、言い出せなくて。」
「仕方ないですよね〜…。」
山田がいつもの丁寧な口調に戻った。
いや、どっちかというと、さっきのが本来の山田桃香か。
「先生ってたしか社会人経験ありましたよね?どう思います?桃香の話。やっぱ就活とか色々、嘘ついた方が得なんすかね?」
「うーん。僕は得だと思うよ。」
「やっぱりそうなんですか。正直者が損するって何か複雑っす。」
「んー。会社って給料をくれるだろう?あの給料は”金のためには嘘つくしか無かったんです”って自分に言い訳するためのものでもあるんじゃないかな。」
「はぁ。」
「つまりは、貰った給料はその人が会社のためにへし折った自身の信念とか正義の上に成り立ってるってことさ。」
桃香「つまり少なくとも先生は、”会社では金のために嘘をついてしまった。けど本当の自分はそうじゃなくて、素直で誠実な人間だ”っていう風に言い聞かせてたってことですか?」
「まぁ、そうだな。」
「それって、何か凄く……。」
学生二人がちらと目を合わせ頷いた。
私にだけ、その言葉の先が分からなかった。
「年をとったかな。」
帰宅後の部屋で一人呟いた。
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