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#関節夫の手のひら小説29 「終章を朱に染めて」

#関節夫の手のひら小説29

「終章を朱に染めて」

冬の風が真里子の頬をかすめた。赤く染まった山の風景に圭介は言った。
「最後にどうしても見せたかったんだ、この景色を。」

山小屋の縁側に腰を下ろし、真里子は遠い記憶に目を閉じた。圭介と出会ったのは大学時代。彼は短歌を愛し、自然の中でよく詠んでいた。初めてここに来たとき、彼が詠んだ短歌がよみがえる。

「終章を 朱に染めて 朽ち果てる 大地に還る 葉のごとくあれ」

あの頃は、またここに来るとは思わなかった。けれど今、圭介は病に蝕まれ、旅は彼の最後の希望だった。

「朽ち果てることが怖いんじゃない。ただ、自分が何も残せずに消えることが怖いんだ。」

真里子は圭介の手を握り返した。
「あなたの短歌は、私が伝え続ける。あなたの生きた証を。」

風が吹き抜け、舞い踊る紅葉が二人を包む。圭介の命が燃え尽き、大地に還るように。

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