あのとき交差点でぶつかった君が、結婚式を抜け出したとて
式の当日に逃げられた。
最愛のフィアンセ・しのぶがいなくなったのは、彼女がウエディングドレスに着替えてメイクを終えたほんの一瞬の間だった。俺が式場のスタッフと談笑している隙にそっと姿を消したのだ。
俺はまたか、と思った。
思えば彼女と初めて出会ったときのこと。
彼女は卒業式の前日に転校してきた。学校に向かう最後の交差点で、パンを口にほおばりながら待ち構え、俺に衝突してきた。
そんな子だ。
なぜか俺と同じ高校に入り、俺が所属する野球部のマネージャーに途中から加入した。別に誘ったつもりなどないのだが。
そして補欠の俺に「甲子園に連れってって」と言ってきた。
弱小校のうちはミラクルを起こし、ベスト32で負けた。
しのぶは泣くのをこらえながら、「頑張ったね」と褒めてくれた。俺はスタンドで応援していただけだ。
大学でもキャパスにある草むらで一人でバドミントンラケットを持って、はしゃいでいた。
「みんなで日記書かない?」と言ってからは、友達が消えていき、結局ほとんど大学に来ないまま、ミニシアターのもぎりをがんばっていたらしい。
ミニシアターが閉館する日。しのぶは、最後の上映を支配人一人きりにさせ、困らせたと聞いた。
そんな子なのだ。
何かの主人公であり続けたい人生なのだ。
確かに顔はかわいいし頭もいいけど、何者かになりきろうとする性格のせいで恋人もできなかったしのぶ。
腐れ縁の俺が告白すると「多摩川沿いのアパートで同棲しよう」と言ってきて、迷惑だったけど、耐えた。
そして迎えた結婚式。
彼女は消えた。
本当は誓いのキスの瞬間に、男に登場してもらいたかったらしいけど、そんなことを引き受けてくれる人間はおらず、Bパターンを選んだのだ。
きっとしのぶが戻ってくる。
次は成田離婚。次は姑とのいがみ合い。次はタワマンでマウント合戦。
そして、老後に訪れる恋。
そんな茶番に付き合わされながら、俺は脇役を演じ続けるのだろう。
しのぶ。君はイイ子だけど、人生の主人公ではないよ。
棺に入る前にそう言ってあげよう。
きっとゾンビになって蘇るはずだ――。