マイバラードを唄おうよ
本当に意見のまとまらない連中だなと呆れていると、いつもの険しい顔になっていた。
いかん、いかん。私は教師だ。
結局、あたしが担任を受け持つクラスの自由曲は『マイバラード』に決まった。全く違う5曲で意見が割れてから沈黙が続くこと15分。
「このクラス、体育祭のときもそうだけどマジで一体感がない」と思い、あたしが提案したこの曲に落ち着いた。
あたしが中2のときに歌ったもので、地区の優秀賞を獲った記念すべき、思い出深い曲だ。
「マイバラード……。ハーモニー揃ったらホントイイ曲だし、感動させられると思う。先生もみんなの声で聴いてみたいな」
一瞬の静寂を経てからのパラパラとした拍手のなか、自由曲が決定した。
さぁ、本番までどうしよう。ちゃんと仕切れるのかな、あたし。
でも大体わかってる。みんなそんな合唱コンクールにガチになる子なんていないことぐらい。
心の中でも教師らしくいないといけないのが教師なんだ。
問題が発生した。ピアノ伴奏者が一人も見つからない。
クラス分けをする際、ピアノを弾ける人をある程度バラバラにする都市伝説があるが、それはうちの学校に関しては本当で。
ちゃんとピアノ経験者が4人いたはずなのに全員断った。
最後の一人。緑川さんを鬼詰めしたら泣いた。だってあたしだって後がなかったんだもん。
「人前で演奏できなくなって……ごめん」
「そこをなんとかさ、ね?」
そこからはすすり泣き→ギャン泣き→沈黙泣きを見守って、諦めた。
しんどいからね、泣いている女って。
アカペラでいいじゃん。
彼氏が言うクソつまらない冗談にブチ切れた。
この人、社会人になってからどんどんつまらなくなっている気がする。
まあそんなもんか、社会人って。
教師も大概つまんないけど、あんまり群れないから「つまんない」が伝染しないのがいい。
カフェで悩みをやり過ごす。
等間隔に仕切りが付けられたカフェは心地が良い。
数年前の世界的惨事がよくわからないまま収束しても、ほどよい人間の距離感や清潔に関するモラルだけは残ってくれて、少しは生活しやすくなった。
思えば、あの頃教師になりたてでいろいろと大変だった。
あのとき比べたらマシという一番まともじゃない思考を使って、クラス伴奏はあたしが弾くことに落ち着いた。
ピアノの経験なんてない。
『マイバラード』の前奏が夢にも出てくる。
♪届け、愛のメッセージ~、んんぅー
ベッドから飛び起きるとはこのことだ。
でも。
きっと本番はどうにかなると思う。
だって人生ってそういうもんだから。
そんなこと思っちゃいけない。あたしは教師ですから。