コイントスみたいな生と死。『バスターのバラード(The Ballad of Buster Scruggs)』
ジョエル&イーサン・コーエン兄弟の『バスターのバラード(The Ballad of Buster Scruggs)』という映画を観たので、それについて。
バラードというのは今ではポップ音楽のイメージが強いけど、そもそも英語としてはバラッドという発音になる。日本では意味が錯綜している言葉なのだ。このバラッドの特徴について一部引用しておく。これがとても重要だ。
英詩の一種。民衆の間に伝承されてきた抒情的な物語詩。舞踊や音楽を伴うことが多い。次のような特徴が認められる。
(1) 一つの事件に物語の焦点が合わされ,事件が破局へ向うところから始る。
(2) クライマックスの緊張、感激を強めるためにきわめて劇的な語り口が用いられる。
(3) 語り手は民衆を代弁するたてまえで、主観的な解釈や批評は控えられる。
出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について
この映画は、6つの物語で構成された作品になっている。そのどれもが生と死という破局へ向かい、クライマックスに緊張のあるものもあれば、劇的なラストを迎えるものもある。しかしどれひとつにも、人の生き方を否定する者はない。
①バスターのバラード
②アルゴドネス付近
③食事券
④金の谷
⑤早とちりの娘
⑥遺骸
陽気だが無法者で流れ者のガンマン
公衆の面前での絞首刑
ゲティスバーグ演説の復唱
砂金を掘る老師
新天地を求めた旅
ネイティブアメリカン
賞金稼ぎとともに馬車に乗り合わせた男女
正確な時代は言及されないけど、それぞれの物語に登場する情報から察するに、西部開拓時代のアメリカの中でも1870年前後の話になるだろう。
この時代を描いた映画は数知れない。ぼくが知っているものでパッと思いつくのは、『駅馬車』『シェーン』『許されざる者』『荒野の七人』『荒野の用心棒』あたりが有名な西部劇だろうか。
あとは『風と共に去りぬ』『ギャング・オブ・ニューヨーク』『リンカーン』『レヴェナント:蘇えりし者』『ヘイトフル・エイト』そしてみんな大好き『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3』(正確にはこれは開拓時代の終わりがけくらい)もこの時代を描いている作品となる。
まだまだ観れていない作品も多いし歴史をちゃんと学べていないので一口に言うべきではないけれども、この西部開拓時代というのは実に「ひでーなこりゃ」というのが率直な感想だ。ここまでに挙げた映画には、その側面が大盤振る舞いで描かれている。
『ギャング・オブ・ニューヨーク』は血みどろのギャング抗争を3時間かけて描いているし、『レヴェナント』は息子を目の前で殺された罠猟師が怒りに打ち震え、極寒の地を脅威の生命力で生き抜きながら復讐を果たさんとする物語だ。どちらでも、レオナルド・ディカプリオの名演が拝める。
描いているものはそれぞれ大きく異なるものの、『風と共に去りぬ』『リンカーン』『ヘイトフル・エイト』は南北戦争の時代で重なっていて、これらもそれぞれ3時間を前後するような映画だ。
余談だけど『ヘイトフル・エイト』は同じく6部構成だし、賞金稼ぎが馬車に乗り合わせるし、血みどろの争いを繰り広げるという点も同じだったりする。そしてこれも余談だけど『ギャング・オブ・ニューヨーク』で主演のレオ様を演技で丸呑みしたダニエル・デイ=ルイスは『リンカーン』でも演技力が大爆発とともに太陽フレアを起こしちゃっている。
もしかしたら、それだけの時間と手間をかけて描くしかないほど「人類にとって濃密で根深い問題点がわかりやすい時代」と言えるのかもしれない。事実、"血気盛ん"の一言では済まない話が多すぎるのだ。
この時代は生と死というものが、コイントスのようにすぐに判明する。すぐに生と死、善と悪の決着をつけようとする。ある意味シンプルな時代だ。
この『バスターのバラード』という映画はまさに、こうした時代を象徴するようなお話を6つに分けて見せている。
それぞれの話が最後につながるような気持ち良い群像劇などではなく、純粋なオムニバス作品ではある。しかし"表裏一体の生と死"というものは圧倒的な存在感で横たわっている。
コーエン兄弟のうまいところは、この無慈悲さを、陽気なブラックユーモアを軸にして観やすく、それでいてしっかりと儚げに物哀しくも描いてみせているところだと言える。
映画のタイトルにもなっている"バスターのバラード"のお話が最初にくるのは、映画のそうした側面を歌いながら宣言する役割のためかもしれない。
「そうさ、開拓時代ってのはこういうものだったのさ、わかるかい?」
とでも言うかのように。
この映画は時間を忘れて、というタイプではないけど、今じゃもう(ほぼ)あり得ない過去、もしかしたらいつか繰り返されてしまうかもしれない過去をしっかりと眺めてしまうし、教訓めいたものをどこからか受け取ってしまう。
①開拓時代の生と死
②運勢と運命
③人間への尊厳
④執念と油断
⑤哀れな子羊
⑥死生観と価値観
そこかしこで、重んじられているものと軽んじられているものがわかりやすく登場する。この6つのお話のどれが気に入ったかで、その人の価値観の基準みたいなもののヒントになるかもしれない。
勝手にちなむとぼくは④の物語がすごく好きだった。⑤も捨てがたいけど。
なんにせよ、Netflixオリジナル映画の躍進は凄まじい。明日は同じくNetflixオリジナルの『ROMA/ローマ』について書こうかしら。