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もう主人公みたいには泣けない
ざーざーと、悲しみが連鎖するみたいに雨が今日も降っている。
週間天気予報では東京に2週間雨がないことを報じていた。
ここではそうはいかない。日照時間という概念がない。
日本海に帰ってきて1年。
慌ただしかったのに、それはそれは長く感じた。
当然のように私はまた一つ歳を重ねてアラフォーの仲間入りを果たしていた。
市役所の観光課に中途採用で入ったが、どいつもこいつもお昼ご飯と地元が映ったテレビの話ばかりしている。退屈だ。
おかげさまで、こちらから資金を投入したり営業活動をしなくても、この町で映画の撮影をしてもらえるようになった。
確かに、白波が立つしけった海や背後を彩る青白い雪山はここにしかないロケーションだが、映画の大半がサスペンスやドロドロとしたラブストーリーだということに職員は気づいていない。
でも。わたしは違う。
おととしまで売れない舞台女優だったし、テレビや映画にも死ぬほど出たいタイプだったから、業界のことは知っている。
結局出演したシーンは女優と名乗り始めてから、トータル5分もなかったけれど。
日曜の朝、ロケクルーを出迎えることになった。
歓迎ムードを振り撒き、公民館にます寿司やら白エビのお菓子を含めたケータリングを並べているときに、我に返った。
わたしのこと、忘れてるはずないよね。
2年前だよ。
俳優や撮影隊や取り巻きがやってきた。
その中に二番手で出演する犯人役の毛利一平がいた。
昨年突如テレビでブレイクした、舞台俳優だ。そしてわたしの同棲相手だった人。
チラリとみたら、あのとき見えなかったオーラは今も見えなかった。
法被を着た観光課のわたしは、元カレと地元で再会した。
目が合ってそいつは少し笑った。
その意味がわからないようなわかるような、どうでもいいようなそんな気持ちでポットのお湯をコーヒーパックに注いだ。
わたしは一度も主人公になれなかったから、主人公みたいには泣けなかった。