コピー用紙は鈍い色で見にくい
ここは東海地方の片田舎。
2階建てのキレイとは言えない、プレハブの建物は風が吹くときしむ。
あてもない海外の旅を終えて、中途で入社した俺はそんな社屋に慣れるのに時間がかった。
建物だけじゃない。
うちの社員はだいぶ高齢化が進んでおり、とにかく勘が鈍い。
コピー用紙が壊れて「紙が出てこなくなった」と、総務のおばちゃんが用紙出口のロール部分を必死に叩いている。
ドンドン、カンカン。
昔のテレビやファミコンカセットの要領だ。
違う、そうじゃない。コピー機が止まった理由は簡単だ。
マゼンタカラーのインクがなくなっているだけ、だ。
そんなことに気がつく人はおらず、結局業者が来るまでコトは解決しない。
お弁当を置いて団らんする丸テーブル。
そこはお局様とその手下のエリアで近寄りがたい。
朝礼が長くてつまらない支店長の鼻毛が日に日に増えていることを注意する人もいない。
俺はそんな空気に飲まれているのか、控えめな性格が災いしているのか、会社では一切何も言えないでいた。
「王様の耳はロバの耳」の主人公の気持ちだ。
だって――。
先月入ってきた経理の女性。あの子、元国民的アイドルだよ?
スキャンダルで引退して世間で音沙汰はなくなったけど、同じ空間にいるんだぜ? 写真集が平成で一番売れたんだよ?
でも勘の鈍い社員たちは気づかない。
あんな小顔で凛々しい子、ハラスメントしたくならないのか。
勘が鈍いのか? このご時世のせいなのか? 彼女のセカンドライフを見守っているのか?
そんなこと、誰かに聞くことはできない。
それだけじゃない。
今週入社してきた坊主のあいつ。
―――たぶんだけど、交番の前に貼ってあったひき逃げ事故の逃走犯だぜ?
300万円の懸賞金もかかっている悪党と俺は仕事をしている。
すごい日常だ。
勘が鈍いのか。ひき逃げ犯に逆恨みされるのが怖いのか? それとも彼に何か弱みを握られているのか?
嗚呼。
こんな鈍い職場じゃ、生きている心地がしない。
中卒で病気持ちなのに、市議会議員のオヤジのコネで働いている俺も、きっとそうなんだろう。
鈍いんじゃない、この会社の人は。
先が尖った刃のように鋭い目で、鋭い心で、俺たちを笑っているだ――。
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