涙枯れた六地蔵
今からお話するのは、「六地蔵」と呼ばれる場所で起こった出来事です。
その日、僕は彼女と別れることになりました。
僕は彼女が好きだったし、彼女も僕を好きだったと思うし、そう思っていたい僕がいたことも事実です。
でも、本当のところは分かりません。
おそらくカフェでの長い長い長い沈黙から察するに、僕の思っていることは間違っていたのだと思います。
駅までの気まずい帰り道。いつも通り「六地蔵」の前を通りました。
そこは二人で手を繋いで何度も何度も通った道でした。
でも、この日は二人は少し距離を取っていました。当たり前かもしれません。別れたばかりなのですから――。
そこには地蔵へ、自分や誰かの希望や未来を祈るために添えられた花やお菓子やモノが置いてありました。
その祈りの大半がきっと叶わないことを悟った二人は静かに微笑んで通り過ぎました。
僕たちが分かれた理由は価値観のズレでした。
彼女は家族になったときの収入を気にしていました。僕の職業では転職しても届かない数字でしたし、お金を稼ぐことに対するモチベーションもありませんでした。
東京で生きていくうえで彼女の価値観は正しいし、今のままでいたいと思う僕の価値観は正しくないと思います。
だから、別れる選択は必然だと思っています。
でも。
もっと違う環境で、立場で、生き方で出会っていたらと悔いました。
ヒゲダンの歌が初めて目と耳に染みました。
彼女を見送った後。
帰る道すがら、一人でまた「六地蔵」の前を通りました。
何かお供えをしたら、また元に戻れるのかもと頭によぎりましたが、それは辞めておきました。
それは無駄なことだし、お地蔵さまに失礼だと思ったからです。
「おい。お前はそれでいいのかい」
「私はそうは思わない」
「好きなんだろ」
「地蔵に言われたら終わりだな」
「後悔するぞ」
なんと、僕の脳内に向かって5つの地蔵が話しかけてきました。
「…………!」
妙にポジティブで無責任ともいえる発言に驚きました。
地蔵のくせに、なんも分かっていないじゃん。
僕は「六地蔵」の前を通り過ぎようとしました――。
すると、一番左の一体が崩れ落ちて粉々になりました。
何の振動もないのに。
僕はそれを見てボロボロ、ボロボロと泣いていました。
崩れた瓦礫の一つ一つから彼女との日々が浮かんできました。
叫びたくなるほど胸が痛くて、僕は地蔵の破片を拾ってまとめ始めました。
破片の山ができただけでしたが、その破片から絞り出すように僕の脳内に話しかけることがしました。
「出会えて――よかった」
僕は言葉を失いました。
半年たって知ったのですが――。
別れた彼女はその後すぐに亡くなったそうです。
今でも「六地蔵」の前を通ると思うことがあります。
瓦礫になった地蔵が、キレイな顔をして立っているのはなぜなんだろう。
誰かが作り直したのか。でも、そんな工事をしている瞬間を見たことはありませんでした。
一番左の地蔵は笑った時の彼女に似ていました。