この地球(ほし)と生きる。
「君たちは、この地球(ほし)を支配するべくあるのではない。君たちは、この星に生きる種を支配するべくあるのでもない。自分たちの目的のために地球を使うべくあるのでもない。君たちは、すべての生命と協力するべくあるのである。そしてすべての生命はAll That Isの一部である。そしてすべての動物たちには意識がある。そして君たちはこのことに気づくだろう。そうでなければ君たちは、この惑星(ほし)を破壊するだろう。」ーーセス
知れば知るほど、自分のちっぽけさに気づかされる。
すべてがAll That Isの現れで、そのバリエーションの果てしなさや、その精緻な仕組みの至ることを思うと、自分の至らなさに呆れさせられる。
こんな小さな小さな自分に、一体何が出来るのだろうか、と。
でも、私たちが一瞬一瞬にする呼吸や思考や感情が、大気に影響を与え、天候や四季を生み出していたりする。
私たちが大きな喜びに満たされた時に放つ感情が、別のレベルのリアリティにいる存在には、太陽のように見えているかも知れない。
このAll That Isの、"something more than sum of its parts"というアイデアの生み出す果てしない宇宙は、何一つ無駄にすることがないのだ。
すべてが繋がっていて、すべてが何かを補っていて、すべてが何かに補われている。
自然が美しいのは、自然な協力のネットワークに、自然に溶け込んでいるからだろう。
私たちの自然な姿。
それは、自分らしくあること。
自分に与えられた能力のすべてを、遺憾なく発揮すること。
これが出来たとき、私たちは自然と、自然のネットワークに溶け合い、協力的で、調和のとれた自分を、家族を、社会を実現するだろう。
結局、何にも考える必要なんてなかったんだ。
だって、すべての知識が与えられていて、すべての必要なサポートが必要なタイミングで与えられるようにできているのだから。
私たちも、エネルギー・ゲシュタルトの一部として、組み込まれているのだから。
そのことに気づいて、委ねきって、肩の力を抜いて、
目の前の美しい空に、雲に、花に、鳥の声に、意識を向けてみる。
気の向くままに鼻歌を歌い、スキップをして、地面に絵を描いてみたりしてみる。
そうやって遊んでいれば、私たちはこの地球(ほし)とずっと上手く、やっていけるだろう。