佐々木、イン、マイマイン、マイン
佐々木はお調子者である。
クラスメイトの佐々木コールにあわせて、すぐに全裸になったりする。こんな奴どこの学校にもひとりはいたなと思う。その渦中にいたか、周りから彼を冷ややかに見ていたかの違いはあるにしても。石井、多田、木村、佐々木は仲の良い四人組だ。いつもつるんでいる。ある地方都市のどこにでもいる若者たち、どこにでもある青春。親父が亡くなった次の日も学校へきて、自ら佐々木コールをし、全裸になる佐々木。繊細で阿呆で不器用な男。主人公たちの青春にはいつも佐々木がいた。
「やりたいことやれよ。お前は大丈夫だから」
時は流れ、彼らはもういい大人になっている。サラリーマンになったり、地元で堅実に家族を作っていたりする。石井は役者を夢見て東京に出てきた。しかし現実は厳しく、昼間はずっと箱職人の仕事をしている。別れたのに同棲を続けている元カノとの微妙な関係、歳ももう二十代後半だ。全くうだつが上がらない。こんなはずじゃなかった。高校の頃はあんなにみんな全能感に溢れていたのに。日々は淡々と、そして確実に過ぎていく。東京で多田と偶然、再会する石井。二人は飲みながら、佐々木のことを思い出す。佐々木を思い出すことはあの頃を思い出すことだ。そんなとき、佐々木から久しぶりに着信がある。物語は彼らをまた地元の街へと戻す。
佐々木は友達とカラオケをしている。ドリンクバーにドリンクを取りに行った佐々木は、途中、部屋から流れてくる歌声に耳をすます。その部屋には女性が一人いて、ディランセカンドの「プカプカ」を歌っている。いそいそと自分の部屋に戻ってきた佐々木は「そこの部屋に自分と趣味のあう女性がいて、一緒に歌を歌いたいが、これはナンパになってしまうのだろうか」ときりだす。とても悩んでいる。実にくだらないけどその切実さに笑ってしまう。煩悶の末、彼女の部屋に向かう佐々木。結果的に佐々木は彼女と知り合うことに成功する。明け方の地方都市、カラオケボックスの気怠い感じもいい。
かつて僕にも佐々木という同級生がいた。初手でスタートダッシュを切ることに失敗した高一の負債を取り戻して余りあるくらい、高二は自分の高校生活の中で一番楽しかった。二年になって初めてできた友達が佐々木だった。一番最初に話しかけてくれたのが佐々木で、一番最初にメルアドを交換したのも佐々木だった。一番早くクラスの女子と次々に仲良くなっていったのも佐々木で、すぐに一部の男子からめちゃくちゃ嫌われていたのも佐々木だった。佐々木はメールの最後に必ず「たーち」(彼の名前はたかふみだったから愛称だったのだろうか)とつけた。万事そういう感じだったので嫌われる理由はよく分かった。しかし僕は嫌いじゃなかった。バスケがすごく好きなのに、中学のとき卓球部だったのも絶妙にダサくてよかった。サーブ姿がへなへなしていた。修学旅行のとき、佐々木がカメラを向けたときだけみんな下を向いたり、明後日の方向を向いたりした。でも、佐々木はいつも笑っていたな。映画の佐々木ではないけれど、いつもカラカラと明るかった。
昼休みや放課後にはいつも体育館でフリースロー対決をした。負けたほうは五十円の紙パックジュースを相手におごることになっていた。僕はフリースローだけはうまかった。
休日にやることがなさすぎて、親父が作ってくれたバスケのゴールに日がな延々シュートしていたからだ。紙パックジュース数千円分の勝ちを佐々木に負わせて、毎日ジュースをおごってもらった。その負債分から、佐々木の持っているAVをかりたり、修学旅行中にはそこから切符代を全部払ってもらったりした。これでチャラにしてやるよ、みたいにかっこつけて佐々木には言っていたけれど、本当は何とか口実を設けてAVを観たかっただけだったし、電車に乗って一人で出かけたことがなかったから、券売機で切符を買う自信がなかっただけだった。短絡的で馬鹿で女たらしだった佐々木。学校裏サイトみたいなのが出だした頃、クラスのかわいい女子イニシャル一覧を投稿していたことが女子たちにばれ、冷ややかな視線を浴びていた佐々木。ドラえもんの秘密道具「そんざいかん」を好きな女の子に開けてもらって一生見ていたいと言っていた佐々木。僕がその当時好きだった女の子のよく行くお店をいち早く教えてくれた佐々木。こちらの佐々木には誰からもコールなどかからなかった。それでも断言できる。佐々木がいたから高二時代は楽しかった。
『佐々木、イン、マイマイン』。これは、やっぱり僕たちの映画でもあったよ。僕たちのあのいっときの青春そのものだった。もう二度と戻れないあこがれそのものだった。身に覚えがありすぎる。
エンドロールで流れる佐々木が歌う中島みゆきの「化粧」。これも僕がこの映画を嫌いになれない理由のひとつだ。本当に偶然なのだけれど、僕もまた二十代前半の頃、東京でひとりぼっち、よくこの歌を歌っていた。いまもカラオケに行くとつい歌ってしまう。十年くらい前、親友(佐々木ではない)の結婚式の二次会で「化粧」を歌って、変な空気にしたこともあった(化粧は別れの歌だから)。家族を作って、地元で暮らしていく友達と東京で歌を歌って生活する自分とのコントラスト。心底ステレオタイプだなと思ったりするけれど、本人たちにとっては切実なんだ。
ほろ酔いと後悔の帰り道、地方都市の幹線道路。うしろをついてくる猫。横を代行の車がひっきりなしに通っていった。
最後のシーン。ぽっかりと空いた寂しさを埋めるように再び佐々木コールが起こる。それはいまを、これからを生きようとする強い意志でもあ
った。
「佐々木。佐々木。佐々木。佐々木。佐々木! 佐々木! 佐々木! 佐々木!」
佐々木が勢いよく飛び出してくる。あの頃のように全裸で踊り出す。
感傷にあらがえ。何度でも何度でも何度でも踊れ。