平下茂親(SUKIMONO代表取締役社長) - 楽しい「暮らし」の提案が新しい観光を生み出す
そこにあるものをそのまま使う
古民家を改装したHÏSOM(※1)も、窯跡を改装したSUKIMONO(※2)のオフィスも、そこにあるものをそのまま使っただけです。改装に使うのも、もともとそこにあった素材や、解体された家屋から回収してきた建具を使います。建築家としてのエゴはいらないと思っていますし、建築それ自体には興味がないんです。素材はもともと自然にあるものじゃないですか。製品加工されればされるほど、どんどん自然っぽくなくなります。行き過ぎると素材感もなくなってしまいます。ただあるものをそのまま活かして機能を入れるだけで、情緒も生まれて、暮らしは変わっていきます。
一緒に仕事をする人にも何も要望しません。相手に任せます。話を引き出して壁打ちしながら作っていくと、自分一人だけでは出てこなかったけれど、それを求めていたという潜在的な願望、自分で考えるよりも上のものが相手の中に見えてきます。それを引き出すだけです。要望しないことで、相手は考えるし自分でやろうとし始めます。つくったものに対しても自分のものみたいな感じで思うようになります。
昔の大地主のようなまちづくり
そのままでいいという考えは、地域に対しても同じです。たとえば城下町と宿場町の関係が昔からあります。人が集まって集中しているところと、道すがら立ち寄るところとの関係です。城下町への道中に宿場町に寄るわけですが、そこは宿場なので観光するものはなにもありませんし、観光地になろうとしても仕方がないです。観光名所をつくろうとして頑張って水族館を建ててみたりしても、経営がしんどいだけなんでやめたほうがいいと思うじゃないですか。
中継地点である僕らがつくらないといけないのは、観光名所ではなく、次の日も元気に朝起きてまた出発してもらうための、滞在中のクオリティをむちゃくちゃ上げることです。気軽に地元の料理が食べられるレストランがあったり、一息つける立ち飲み屋があったり、気分を変える床屋があったり、そういう元気になるサービスをぎゅっと凝縮して置いておくことです。目指すのはそういうところだと思います。目的地にならなくていいんです。そもそも目的地なんてないんですから。
昔の大地主のようなまちづくりをしたらいいんです。今の地主は機能していないから、行政が都市計画で開発するしかありません。一人ひとりが個人所有している土地では、エリアの更新もできません。だから一回全部回収してマネジメントすることです。下がりきってる潰れそうなところから土地と建物を所有していく。残った他の施設も頑張り始めるかもしれないし、潰れるかもしれません。潰れたら購入して、エリア内でうまくソフトサービスが更新される仕組みを広げていきます。大地主がそういう役目を果たさないといけないです。
地域における楽しい暮らし方のデザイン
その中であえて観光をデザインするとしたら、地域の人の暮らし方を新しくデザインしたり、来た人にその土地の暮らし方そのものを体験してもらうことでしょうね。たとえば港町なら釣り好きに船を無料で贈与する。そうすると自分だけでは食い切れないぐらい釣ってくるので、結局誰かにあげるんですよね。町に共有の冷蔵庫を置いておけば、釣ったものを保存しておいて、来た人にあげることもできます。
江津駅前の養老乃瀧がいい例です。チェーン店だけど明らかにチェーン店ではないです。店主が毎日船で魚釣りに出ますので、店主がその日の朝に自分で釣ってきた魚で、めちゃくちゃおいしいです。そのへんの鮨屋の刺身よりおいしいです。義務で釣ってるわけではなく、好きで毎日釣りに行っているんです。そこがポイントです。本人がやりたいことをやっているだけ。それを周りから輝かせる。
そのような楽しい暮らし方を生み出していってくれる人を地域に連れてくることも大事ですね。地域における楽しい暮らし方が提案できれば、そこに人が集まって新しい暮らし方に紐づいた観光も生まれると思います。そういう仕組みづくりだと思います。