齋藤精一(パノラマティクス主宰 / MIND TRAIL 奥大和 プロデューサー) - 地域をみるための “レンズとしての作品”
削ぎ落とすことで、地域の文化が浮き彫りになる
「MIND TRAIL 奥大和 心のなかの美術館(以下、MIND TRAIL)(※1)」はコロナ禍で打撃を受けた観光を復活させるという発想のもとで、奈良県の移住・交流促進室が取り組んでいます。作家が中心になるアートフェスティバルではなく、地域が中心になる形を目指しています。
立ち上げるにあたってアーティストのみなさんと話し合って、奈良の奥大和という地域の環境や歴史、文化、智恵を見るための “レンズとしての作品” を作ってほしいと伝えました。作家中心的な発想で自分の作品を展示したいのであれば、参加していただかなくて結構です、とまでお伝えして、賛同してくれるアーティストだけに参加してもらっています。
吉野は『森』、曽爾は『地』、天川は『水』と、三つの場所それぞれの特徴をテーマにしました。この特徴を捉えて、各場所にアーティストに入ってもらい、その場所を映し出す “レンズとしての作品” を作ってもらう。地元の人からすると普通の森や川であっても、外から来た人にとっては「なんでこんなに素晴らしいものが残っているんだろう」と驚くものがたくさんある。それらを発見していく外部の目が大事です。ここでは、素晴らしいものが文化財などに指定されることもなく、そのままにある。そうした環境や文化を守っている人たちが、すごく間近にいるのです。そのままでいいのに、どこもかしこもプラスしていく発想になりがちです。プロジェクションマッピングやライトアップでプラスの演出をしていくことで、本来の美しさが見えにくくなっていきかねない。プラスするのではなくマイナスにして、周りをどんどん削ぎ落としていくことで、その地にある文化が浮き上がってくるのではないかと思います。
だから自然そのものを感じてもらうために、MIND TRAILではたくさん歩いてもらいます。どこで何を見るかは参加してくれるみなさんにお任せする。紙の地図やアプリだけを頼りに、オペレーションなし。僕たちは作品を設置するだけです。フェスティバルというのは作品が展示されている場所以外は、みんな車で移動してしまうことが多いですよね。でも、コロナ禍になってみんな家の周りを歩くようになり、やれ道祖神がいた、やれパン屋があった、こんなところにこんな花が咲いていた、という発見をするようになった。道すがらにその人だけの発見がある。
MIND TRAILは、歩いていく中に作品はあるのですが、最終的にどれが作品なのかわからなくなっていくことがあります。そういう作り方をしています。見に来た人たちは、最初はフェスティバルの通例通りに「あ、作品があった。なんだこれは」となるのですが、最後には落ちているただの木を見て「キャプションもついていないけど、この木はなんだ。はたして作品なのか。なんだこれは?」となっていく。でもそれは作品ではないのです。だんだん自然に焦点を合わせるようになっていくんですよね。
「ただいま」と言えるような関係性をどうやってつくるか
地域におけるアートを考えるとき、アーティストと地域の関係性についての話がごっそり抜けているのが問題だと思っています。地域で制作なり表現なりすることは、アーティストがどれだけその地域に溶けこんでいくかであり、地域がアーティストをどう迎えるかの話ではありません。地域はそのままでいいんです。アーティストの側が地域に向かっていかないと、そのアーティストは地域に根ざした取り組みをしたことにはならない。地域の人々と一緒になって木を切って汗を流して、みんなでおにぎり食べておいしいね、ということができる人が、地域の文化に触れ、その良さを見ることができる。
作品を作っていると、いろんな人があれこれ言ってくるんです。作業音がうるさいとか言われることもあるけど、酒飲んで和解して、ごっそり差し入れをもらったりしながら、地元の人たちと関係を作っていく。すると、どんどん味方が増えてくる。本当にみんなでつくっている感覚です。台風が来ると地元の人が見に行ってくれて、ちゃんと作品があるか確認してくれたり、ブルーシートをかけてくれたりして、そういうのを見ると本当に涙が出ます。直接電話がかかってきて「対応しておいたから、来なくていいよ齋藤くん」とね。
アートはいわゆるメディアです。パフォーミングアーツでもいいし、もっと言えば一緒にトンネルを掘るとかでもいいんです。それを形にしていくのがアーティストの感性であり、仕事です。地元の人と話して学んだことを作品にしたという人もたくさんいます。その場所に行って、「ただいま」と言えるような関係性をどうやってつくっていくかということが大切です。
アーティストであり山伏でもある坂本大三郎くんは、曽爾村に2か月住んで、今回は作品としてカレーを作って振る舞いました。「アーティストで山伏で山形生まれなのになぜカレー?」となったのですが、実際カレーを展開していると役場の人たちが毎日買いに来るようになりました。そこでまた会話が生まれはじめる。外から人が来るのも大事なのですが、中の人たちがつながっていくのも重要です。
地域の中にはさまざまな関係性もあるかもしれませんが、一緒に取り組んで見たらいいのでは?と思いますよね。吉野での展開を天川のみなさんに見てもらいたいし、天川での展開を吉野のみなさんに見てもらいたい。曽爾での展開も吉野と曽爾のみなさんにみてほしい。だから無理やり僕がみんなまとめてに連れていきました。外から来た僕みたいな人が当たり前にどんどんそういうのをつなげていけたらいいと思っています。
このMIND TRAILは他のエリアでもインストールしていきたいんですよね。KPIなんかないから宿泊施設の数も最低限で良いしないし、地域の文化を壊すことがない。地域の受け皿があって、きちんとそこに住む人たちと対話をして、ある程度の財源がつけばどこでも実現できると思います。年間を通して、6~8割くらいのゆるい稼働をしていくものになればいいなと思います。そうすることで、昭和でストップしてしまっている観光産業を上にあげたい。アートの力と、それぞれの土地が持っている文化でどんなことができるかに取り組んでみたいと思っています。