【書評】『遅刻してくれて、ありがとう(上) 常識が通じない時代の生き方』 トーマス・フリードマン(著) 伏見威蕃(訳)
今年最初に買った本がなかなかに面白い。
読み進めていくにつれて、世界を動かしている大きな力の正体が明らかになり、僕らの生活や仕事、価値観にどのように影響を与えているのかが見えてくる。
実に学びの多い一冊だ。
本書は、ベストセラーとなった『フラット化する世界 (The World Is Flat: A Brief History of the Twenty-first Century)』の著者の最新作『Thank you for Being Late: An Optimist's Guide to Thriving in the Age of Accelerations Version 2.0』の邦訳である。
上・下巻合わせるとかなりのボリュームであるが、本書を勧めてくれた某大学教授の仰る通り、平易な文章で書かれていて訳も素晴らしいので、読み進めるのに困難は感じない。
と言っても情報量も気付きも多いので、内容を昇華するのは簡単ではない。怒涛の上巻を読み終えたので上巻までのレビューを一度まとめておこうと思う。
僕らが生きる「超加速」の時代
筆者は、iPhoneの販売が開始された2007年を技術的な転換点として位置づけている。
1965年にムーアが予測した通り、CPUの処理能力は指数関数的に向上し、高速回線への接続も容易になった。制御のオートメーション化も手伝い、数十万台のコンピュータを1台のコンピュータのように動作させるアルゴリズムは様々なイノベーションを世に送り出した。Github、Facebook、Uber、Airbnbのような革新的なプラットフォームが産声をあげたのもこの頃のことだ。
確かに、この頃を境に僕らは複雑な処理をワンクリックで行えるようになった。今では、掌サイズの端末から、膨大の量の情報に、簡単に、遠くまで、しかも安価にアクセスすることに対して、何の驚きも疑問も持たなくなっている。クラウドへのアクセスによって、地球上の人間はすべてそれぞれの仮想頭脳、仮想書類キャビネット、仮想工具箱を利用できる機会を得、それらを使ってあらゆる疑問の答えを驚くようなローコストで解決する。
筆者は、その驚くべきパワーを「クラウド(雲)」ではなく、「スーパーノバ(超新星)」と称した。
一方で、僕らは親指一つで世界中に悪意をばらまくこともできるようになってしまった。この恐るべきパワーは、使い方を間違えれば世界にいとも簡単に恐怖と混乱をもたらしてしまう。それ故、僕らはテクノロジーはもちろんのこと、グローバリゼーション、気候変動の恐るべきスピードに対して、それを緩衝する「適応力」を持たなくてはならない。
チェス盤の後半に差し掛かった今、僕らは、教育、統治(市民と政府)、雇用と労働、スタートアップ、コミュニティ......といった社会テクノロジーのイノベーションに取り掛かる必要に迫られている。変化が速すぎて社会が追いつけないのだ。
この加速の時代に安心感とレジリエンスを持ち、躍進するために何が必要なのか、それが本書を貫くテーマだ。
オピニオン・ラインティングの技法
著者はジャーナリズムの世界の最先端に身を置いてきたコラムニストとして、いわゆるレポートと、オピニオン・ライティングには明確な違いがあることを明らかにしている。
レポートは単に情報・考えを伝えることに目的を置くが、オピニオン・ライティングは、読者に影響を与えて化学反応(≒アクション)を起こすことを目的とする。この化学反応を起こすために、筆者は3つの行為を混ぜ合わせるという。本書全体のフレームもその技法に則っている、以下、引用する。
1つめは、自分の価値観、優先事項、願望だ。2つめは、最大の力、つまり世界最大の歯車やベルト車は物事をどう動かしていると自分は考えるか。そして3つめに、大きな力に影響をうけるとき、人々や文化がどう反応するか、あるいは反応しないかについて、自分は何を学んだか。
上巻は、2つめと3つめについてその多くを割いている。
テクノロジー、グローバリゼーション、気候変動が地球と世界をどのように動かしているか。そして、その大きな力に影響を受けた僕らの生活や、文化、価値観はどう変わっているか。そのことに関する分析はピュリッツァー賞を三度受賞したジャーナリストだけあって、扱うケースの質・量ともに充実しており、非常に納得度と共感度の高いものになっている。
上巻では潜めていた筆者の価値観・優先事項・願望は下巻に進み、収束に向かう中で明らかになってくるであろう。それらに対して、僕の価値観や優先事項・願望はどのように反応するのか、または反応しないのか。
下巻が楽しみである。
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