宇治回想録
源氏物語宇治十帖の舞台となった地。
この地に来るのは初めてではないが、一人で訪れるのは初めてになる。
宇治は春は桜が舞い、夏は蝉が鳴き鵜飼が見られる。秋になると紅葉が美しく、冬は宇治川沿いから山にかけて雪景色となる。四季とその彩りを感じられる美しい地なので、昔から大好きだった。
鐘の音の絶ゆる響きに音を添へて
わが世尽きぬと君に伝へよ
辞世の句としてこれを詠み、宇治川で入水自殺をした宇治十帖の主要登場人物・浮舟。
「身近」に同じ句を残して身投げした人物がいるので、実際に宇治川に行けば何か分かるだろうかと考えた。
思ったよりも流れが早い。
裾を捲り、流れを感じられるまで進んでいった。
訪れる前は、また希死念慮が強くなるのではないかという不安もあったが、それは無かった。
しばらくの間、川に佇んで山間から聴こえる蝉の声と流れる水の音を感じ取っていた。
確かに息づく自然の生を実感しながら、だから死を思わなかったのだろうか。彩り豊かな世界では死の色は褪せるのかも知れない。
そんなことを考えながら、次の季節の色が見える時期にもう一度訪れてみよう、そんな気持ちで宇治川を離れ、地を後にしたのだった。
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