Serph

Denke an all das Schöne, was in dir selbst und dich herum wächst und sei glücklich! Annelies Marie Frank

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最近の記事

乳癌術後化学療法(ddAC療法)開始

前回、抗がん剤治療を受けるかどうかでかなり悩んでいた話をしたが、結局受けることにした。 理由は根治を目指すなら術後に全身に回ってる癌細胞を死滅させたり、活動を阻害させる治療は受けた方がいいと根治を目標にした最初の治療計画を再度告げられたことと、今この年齢だから術後化学療法に耐えられる、今しか根治は目指せない、と説明を受けて今がラストチャンスなのだと思ったこと。この2つだ。 今回から受けるddAC療法(ドーズ・デンス エンドキサン・アドリアシン)とは2つの異なる作用の抗がん

    • 術後治療

      退院後。 右腋と胸、背中に麻痺が残りつつも腕と手は自由に動く。パクリタキセルの副作用の痺れも軽減していってるので、傷跡と腕の上げ下ろし時の痛みがある以外は快調に過ごしている。 「右乳房を全摘出したことでショックはないのか」とよく訊かれる。乳癌を告知された時は全摘出が嫌で仕方がなかったが、実際は摘出を悲しんだり怖がったりするのは治療が始まる前くらいまでで、実際に癌のサブタイプが判明し、高確率で再発と転移が起こると知ってからは早く摘出して再発の芽を摘んでしまいたい気持ちの方が

      • 2022年9月29日 右乳房全摘術+腋窩リンパ節郭清術

        3月から開始した抗がん剤治療の結果、癌が摘出可能になり、炎症も引いたので8月23日に入院日と手術日が決定となった。摘出手術を目指してここまで来たのでひと安心。 9月からは術前のCT撮影や平時の心電図検査、麻酔科の受診など手術に向けた準備の通院となっていた。 麻酔科の検査も終わり、ゴーサインが出たので入院。病室は最初の3日は部屋代無料の大部屋にいたが、隣の人のいびきが凄まじくて眠れない日が続いたので準個室に移動した。 もし、今後入院することがあれば迷わず個室か準個室を選びたい

        • ヤドンから教わったこと

          今回は闘病日記とは大きく離れた内容。 タイトルの「ヤドン」とは私の彼の別名。 雰囲気とマイペースっぷりがポケモンのヤドンにそっくりなのだ。どんなことがあってもペースを崩すところを見たことがない。 そのヤドン似の彼と付き合って一年半になる。いや、正確にいうと絶縁してた期間があるから一年になるのか。今回はその絶縁についての話。 付き合うきっかけは彼が私に連絡をくれたことだった。当時、私は大好きな友人とすれ違い離れていってしまったことが辛くて不安定な心で日々を送っていた。彼は

          30%

          告知から二週間後 今の生活が出来るのは2年程度だろう、と事実上よ余命宣告をされた直後から何も喉を通らなくなってしまった。常に酷い二日酔いのような状態で水も飲めない。一日中寝るしか出来ず、作ってくれたお粥を食べては吐いて泣く生活の繰り返しだった。 ショックで寝込む、ということは本当に起こるんだなぁと心の何処かで呑気に考えていた。 「3割の確率で転移ではない可能性があるので、肋骨の再MRI検査をしましょう」 そう言われて、告知から一週間後に再検査を行う。 閉所恐怖症の私はこ

          検査結果と告知

          3ヶ月の化学療法治療が終わり、術前のddAC療法に移れるかどうかの検査の日がやってきた。 3ヶ月前と同じくエコーとCT、骨シンチ、胸部MRI、今回は遺伝子検査もある。 3親等内に乳癌で45歳までに亡くなっている身内が二人いるので、医師から強く検査を勧められたのだ。基本、遺伝子検査は自費のようだが、私は3親等内に癌で身内を数名亡くしてるという保険適応の条件を満たしてるので、高額医療の範囲で検査が出来た。 治療を続けて3ヶ月。前のような腫れや痛みは無くなっているが、背中全体に痛

          検査結果と告知

          化学療法治療 【治療の流れと初期の副作用編】

          化学療法治療というのがいわゆる抗がん剤治療になる。治療前にまず化学療法治療患者専用の採血室で採血をし、診察。診察後に抗がん剤が調剤されるのでそこから1時間程してから点滴、というのが治療の流れ。 治療開始前に化学療法治療日記というものを貰う。そこに検温や血圧、副作用などを毎日記入していくのだが、その日記を窓口で提出してから呼ばれるのを待つ。調剤の時間があるので結構待たされる。 病棟はベッドが幾つかあり、高齢で足が不自由な方や終末期の人はそこで点滴を受けるようだ。 私が治療を

          化学療法治療 【治療の流れと初期の副作用編】

          備忘録【彼との会話・ストーカー考察】

          以下「」→私 『』→彼 「そういえばHさんがあのストーカーと会話をしたらしいけど、全く会話にならないって言ってた」 『なるほど』 「長文で自分の主張だけを垂れ流してきて、話を聞く気がないから、会話してるだけでヤバいのは分かったって感じのこと言ってた。昔はそこまで病んではなかったはずなんだけど、四年のうちに悪化したんかな」 『ふむ』 「バズったツイートが流れてきたから真実を訴えただけだ、と言ってたようだけど、私がずっとブロックしてるのに流れてくるって有り得るの?確か引

          備忘録【彼との会話・ストーカー考察】

          乳癌闘病生活開始(告知)

          2022年3月22日に家族同伴で説明があり、右乳癌のサブタイプがホルモン受容体陽性HER2陰性と最終診断が下った。活発な癌細胞で進行が早いのだそうな。 異変に気付いたのは今年の1月の中旬で、出産後に何度も乳腺炎になった左胸に炎症があると診断された直後、逆の右にも大きな塊が感じられた。 親戚に乳癌で50前に亡くなってる人が二人いるので、自分もそのリスクファクターではないかと、30過ぎてからは毎年癌検診に行っていたのだが、検診を受けていた医院が去年からコロナの影響で検査を取り止

          乳癌闘病生活開始(告知)

          記念日

          15日に治療の方針を含めた診断が出るのだけど、今の段階で自分は乳癌のステージ3bと告知を受けている。 異変に気付いたのは1月中旬で、月経前後にある乳房の張りが治まらず、硬いしこりが確認出来た。 マンモグラフィでは良性の乳腺症だと診断が降りたのでひと安心していたら、直後に逆の乳房の生体検査を急ぎで行うように、ここでは治療出来ないと医院から半強制的に大学病院の予約を取っていたので「これはまずいんじゃないか」と察した。 最近は癌はほぼ全て告知するようになっているようで、たとえ終

          記念日

          生と死、健康と病

          希死念慮と発作に度々悩まされ続けてる中、或る病気の可能性が高いので精密検査を受けるようにという健康診断の結果が出た。 罹患していればコロナの数十倍、変異種によれば数百倍の死亡率の疾病。恐怖心は勿論あるけれど、それよりも「生きたい」という気持ちの方が強い。 「死にたくない」ではなく「生きたい」 この時期に身体の疾病の疑いが出たというのは、大きく死への気持ちよりも、生きたいと思う気持ちを育てていけ、という啓示なのではないだろうか。 だとしたら、私は心身どちらの疾病にも打ち勝て

          生と死、健康と病

          祈る人

          ふたりの特別な人物の話。 10月末に私は死を選択し、深夜に和歌山の或る岬までバイクを走らせて、手持ちのワイパックス0.3錠を全て飲んだあとで手足を縛り、海に身を投げたのだという。 脱ぎ捨てられた衣服と散らばっていた私物で何らかの事件を疑われて、通報されたことが発見に繋がったようだ。発見時の私はこの状態で仰向けで海中に浮かんでいたとのことだ。グッドスイマーは水中で寝ても溺れない、と昔いわれたことがあるが、それを立証してしまった。 溺死は免れたが、半裸で飛び込んで身体が極度に

          祈る人

          フィリア(philia)

          この人を愛しています、というと大抵の人は恋愛の愛を思い浮かべるだろうけど、今回ここで語るのは フィリア(友愛・友人との間の愛)と前置きしておく。 『愛する人の欠点を愛することのできない者は、真に愛しているとは言えない』 とゲーテは言っていたけど、付き合いを続けていくとどんな人にも欠点は見えてくる。このときこそが関係の節目になり、この欠点をどうとらえるかで関係のフェーズが変わるのだろう。 この人とは一生涯を共に付き合える人だろう、と思って関係を続けていても、欠点を愛すること

          フィリア(philia)

          宇治回想録

          源氏物語宇治十帖の舞台となった地。 この地に来るのは初めてではないが、一人で訪れるのは初めてになる。 宇治は春は桜が舞い、夏は蝉が鳴き鵜飼が見られる。秋になると紅葉が美しく、冬は宇治川沿いから山にかけて雪景色となる。四季とその彩りを感じられる美しい地なので、昔から大好きだった。 鐘の音の絶ゆる響きに音を添へて    わが世尽きぬと君に伝へよ 辞世の句としてこれを詠み、宇治川で入水自殺をした宇治十帖の主要登場人物・浮舟。 「身近」に同じ句を残して身投げした人物がいるので、実

          宇治回想録

          生還

          誕生日の自殺率は1.5倍に跳ね上がるらしい。 かくいう私も誕生日に投身自殺未遂で現在も治療中なので、これは納得がいく。 人を追い詰めるのは悲しみや苦しみではなくて孤独だと思う。実際の状況はどうであれ、この世界に自分たった一人しかいない、味方どころか敵もいない、自分を自分として認識する者が存在しないという孤独感が衝動的な行動を呼ぶ。 よく「投身自殺は落下と同時に意識を失うから苦痛がない」と言われるが、マンションの六階程度の高さからだと、身体が叩きつけられる瞬間まではしっかり

          約束

          noteに辞世の句を残して二ヶ月。 意識を戻してしばらくの間は孤独感に苛まされてた。 周り中敵だらけで嫌われてると揶揄されてる人を心から羨やんだ。自分自身に敵意を向けられるのは大きく存在を認知されているということ。決して孤独感には囚われない。本当に孤独を感じるときは味方どころか敵対してくれる人すらいないのだ。ただ、自分が一人でいるだけ。 意識が戻り、醜く生き延びたのだと身を切りつけ、死ぬために生きていた。 二週間以上経過し、置かれてる状況と病状が把握出来るようになると