キメラ
キメラは思うのです。
最初から、男に生まれようとか女に生まれようとしてはこなかったはずなのに。
生まれ落ちたときにはどちらかに決められているのはなぜなのだろうと。
からだの性別は、どちらかに固定されています。その中間というのは、長いことあり得ないとされてきました。
ほんとうは、その真ん中あたりだったのかもしれません。
今ではもう、よくわからなくなってしまいました。
キメラはたしかに、生まれたとき女性の体を持っていました。
蝶よ花よ、愛らしい女の子が生まれたと祝福されれば、素直に女の子になれたのかもしれません。
なぜお前は男に生まれなかったのかと責められ、罵られているうちに、男子の果たすべき役割とやらを負うようになりました。
そして、本物の男子としての振る舞いを身につけようと努力するうちに、自分が男か女かもわからなくなってしまったのでした。
好きな人は、誰ですか。
それは女ですか男ですか。
あなたは女として彼が彼女が好きなのですかそれとも男として。どっちですかどっちですか、なんなんですか。
あなたは一体、なんなんですか。
わたくしといふ存在は、ちかりちかりと明滅する有機幻燈の青白さです。
誰を好きになったらいいかなど、わかるはずがありません。キメラは自分で、自分のことがさっぱりわかりません。何を食べたいのかさえわかりません。
生殖可能な肉体年齢が我が身を去っていったとき、キメラは心の底からほっとしたのでした。
下手に生殖行動を求められるより、オバサンなどとからかわれるほうが、ずっと気楽です。
男でもない女でもない、一個のキメラとして向き合ってもらえたなら、もっと苦しまなあよに生きられたのかもしれません。
もう、遅いのでしょうか。
命の光は弱まった状態で、蛍のように明滅を繰り返しています。
あれは、シグナルです。
誰のことを、呼びたいのですか。
生殖ではありません。
さびしいさびしい心が、仲間を求めてあちらこちらに光っています。
お互いを温め合うことのできない熱のない光は、燐光に似ています。
まるで、墓場の明かりのようですね。
死期が近いから、青いのですか。
でも、まだ生きています。
ポトリ、と。
樹皮に縋れず落ちてきて、甲羅を下にしてもがいている。六つ足の虫は、私の姿かもしれません。
そんな、キメラのお話です。
あなたは、キメラですか。
そうですか。
私はさびしい、一個のキメラです。
ごきげんよう。
そして、さようなら。