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嚥下力を保つ~口から食べ物を飲み込める幸せ~

嚥下障害とは

 人間の三大欲求の一つである食欲。美味しいものを食べることは、多くの人にとって人生の最大の楽しみの一つです。けれども、その楽しみが得られなくなる日を想像している人は、どれくらいいるでしょうか?

 普段意識をせずに行なっている「食べる」という行為は、高度な身体機能の組み合わせで成り立っています。まず食べ物を目で認識して、口に入れやすい大きさに箸などで切ったものを、口の中に入れて唇を閉じます。そして、歯で噛み砕いたものを舌を使って飲み込みます。その際には息を一時的に止めることで気道が閉じられ、食べ物が正しく胃に送り込まれます。

 この一連の運動を摂食嚥下と呼び、特に口に含んでから飲み込む行程のことを「嚥下」と呼びます。

 この運動に支障を来すと、口から胃に送り込まれるはずの食べ物が途中で止まったり、肺へ続く気管に入ってむせてしまいます。この状態を嚥下障害と言います。

 嚥下障害の原因には大きく分けて2種類あり、脳卒中などによる神経麻痺の場合と、加齢や体力の衰えによって徐々に嚥下機能が低下する場合があります。前者の場合は変化が分かりやすいため、リハビリによる治療が行ないやすいです。一方で、後者の場合は自覚することが難しく、発見されたときにはリハビリを行なえる体力がないことが少なくありません。

 嚥下機能が低下すると、窒息する可能性が高くなるだけでなく、誤嚥性肺炎という高齢者に多い肺炎を引き起こす危険性が高まります。肺炎は日本人の死因の第3位(2016年)です。嚥下障害は誰もが気を付けなければならない病気なのです。

嚥下の仕組み

 「食べる」という行為はいくつもの行程に分けて考えることができます。目の前のものを食べ物として認識して、手を使って口に運ぶための段階(先行期)。口に入った食べ物を、口全体を使って噛み砕き、柔らかい食しょくかい塊にする段階(準備期)。食塊をのどの奥に送り込む段階(口腔期)。のどの奥から食道に送り込む段階( 咽頭期)。重力と食道の壁の動きによって、食塊が胃に送り込まれる段階(食道期)。
 これらの段階の中でも、特に重要なのが咽頭期です。食塊が食道ではなく、気管に入り込んでしまうと、肺炎の原因である誤嚥や窒息の危険性があるからです。この咽頭期はわずか0.5秒の行程です。一瞬の間に行なわれる運動が、口から食べ物を食べられるどうかを左右しています。

嚥下の仕組み

嚥下障害によるトラブル

①誤嚥・窒息
 食道に入るべき食べ物が、気道に入ってしまうことを「誤嚥」と言います。健常な人であれば、激しくせきをすることで食べものを取り除けます。しかし、嚥下機能に障害がある人はせきが起こらず、肺まで入り込んでしまいます。そして、食べ物や唾液に含まれる雑菌が肺炎を引き起こすのです。

②脱水
 高齢者は感覚機能が低下しているため、身体が脱水状態でも、水を飲みたいと思わないことがあります。認知症の症状が出ている人は特にその傾向が強く、自分が飲み物を飲んだかどうかを忘れてしまい、長時間水分摂取をしないという場合があります。また、サラサラした飲み物は誤嚥しやすいた
め、さらに水を飲むことを避けるようになります。
 脱水状態が続くと、熱中症の危険性があるだけでなく、血管や内臓、脳などを正常に動かすために必要な酸素や栄養素が行き渡らないことで、思わぬ病気につながる恐れがあります。

③低栄養
 うまく飲み込めなくなると、噛む必要のない柔らかなものを選ぶようになり、食事の種類が少なくなった結果、栄養が偏りがちになります。そして、食べる量も減るので、低栄養状態に陥ることもしばしばあります。
 栄養が不足すると、体力や免疫力が落ち、病気にかかりやすくなります。病気にかかるとさらに嚥下機能が低下する可能性があるため、悪循環に陥ります。

嚥下障害のチェック

 事故や大病で急に食べられなくなった場合は、嚥下障害のために医療機関を受診することにためらいはないでしょう。しかし、加齢による嚥下障害は徐々に進行するため、本人や周囲の家族が気付かない場合が少なくありません。

 食べ物が食べにくくなった、むせやすくなったという方は嚥下障害の可能性があります。本誌のチェック項目に一つでも当てはまる方は、嚥下能力が低下しているかもしれません。その場合は、自己判断するのではなく、かかりつけの医師などに相談し、早めの対策やリハビリに取り組みましょう。

嚥下障害チェック10項目

嚥下障害の人のための食事

①油脂で嚥下をしやすくする
 油脂を使ってとろみを出すことによって、食べ物を飲み込みやすくすることができます。
 例えば、ゆで卵はパサついていて飲み込みにくいですが、マヨネーズと和えると食べやすくなりまて飲み込みにくいですが、マヨネーズと和えると食べやすくなります。
 また、油脂はカロリーも高いため、効率よくエネルギーの補給が出来るという利点もあります。良質な油脂がいいという方は、オリーブ油やココナッツ油などを使うとよいでしょう。

②脱水予防
 嚥下機能が低下すると、脱水の可能性があると記しました。さらさらした水はとろみをつけると飲みやすくなります。しかし、とろみをつけすぎるとまずくなり、かえってのどに引っかかって飲みにくくなる場合もあります。とろみのついたスムージーやゼリー飲料を摂るほか、野菜や果物といった食材に備わっている水分をうまく使いましょう。

③栄養不足対策
 飲み込む力が落ちてくると、一度に食べられる量が減ってきます。その場合は、一日3食ではなく、食事の回数を増やすことで一日の食事量を維持しましょう。一週間単位で栄養バランスを計算した献立を立てましょう。食事だけでなく、市販の栄養補助食品を使うことも視野に入れましょう。
 また、食事をしたいと思わせることも重要です。食べて美味しい料理を用意するのはもちろんのこと、見て美味しい、嗅いで美味しい食事が肝心です。五感に働きかけることで食欲も刺激され、嚥下機能も働きやすくなります。
 食べやすさや美味しさも重要ですが、色や見た目の盛り付けを工夫することで、美味しそうな食事を提供しましょう。(文・和田孔之)

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