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勤続10周年 だけど私は弊社がキライ

勤続10周年で、表彰がある。
20周年と30周年にもある。
社屋の隣のホテルの宴会場に表彰される人がみんな集まって、ずらりと並んだあと、一人ずつ名前を呼ばれる。役員に一礼、理事長に一礼。理事長から表彰状をもらうが、ふたりめからは「以下同文」、片手の指先で持つのはちょっと、という重さの記念品(カタログギフトだろう、多分)と表彰状を貰って、理事長に一礼、役員に一礼。皆様の方に向き直って一礼。

これを今年は40人分やった。マスクを外して。
コ・ロ・ナ! ア・カ・ン! 
米大統領選の集会映像を毎日見かける今日この頃、U・S・A!のリズムが馴染んでいる。全員があちこちの部署から来ているので、感染者がいたら弊社は全滅である。

各自の席に配られている紙袋には、あまり重たくない方の記念品と、表彰状を入れる丈夫なボール紙の筒。紙袋のサイズが少し大きくてガサガサする。雨天だったら、さぞ持ち帰りにくいだろう。

さて表彰状授与が終わったら記念撮影ときた。しばらく皆さんその辺で待っててくれと言われて、40人+事務局やらお祝いする側として来てくれた人が密になる。
30周年の人から順番に記念撮影である。役員が前列で。
屋外でもない写真撮影の準備にそない時間かかります?という程カメラマンが入念な準備をする。密になっている数十人は世間話に興じていて、いくら仕事中に向かいの席との間にアクリル板を置いていても何の意味もない。近い距離で喋りすぎだ。私は小心者の喘息持ちなので、先程表彰状を貰う時にマスクを外せと言われたのすら恐ろしかった。今は扉に近い椅子に座ってじっと、文庫本に向かっている。寒いけれど、ここなら換気がされている。
先日、後輩からプレゼントしてもらった小川洋子氏の「ことり」である。世間話にざわめく宴会場で読むのに相応しい、遠くの平和で美しい世界に心を飛ばしておくことのできる小説だった。いいプレゼントをもらった。

果たしてようやく10周年の私たちの順番が回ってきた。30周年くらいになればそれなりに感慨もあるだろうけれど、10年くらいではまだ「もう10年経っちゃった」程度の感覚で、めでたい気分などは特にない。とにかく待ち時間が長いので10年に一度でお腹いっぱいだ。

写真撮影までのすべての工程を終了し、帰れる。レディファーストを知らない同期の男性たちに手を振られ、私と数人の女子が次のエレベータを待つ。大卒社会人10年めでも日本の男性はこんなものである。

ホテルを出て、立ち並ぶ商業ビルの地下に行く。トイレのパウダースペースを使って、記念品の包装紙をびりびりと破る。ほらねやっぱりカタログギフト。今時こんな重たい本じゃなくてネットで見ればいいのですよ。カード型のコンパクトなものがあるのですから。とはいえ本つきのカタログギフトだってはがきかネット注文か選べるわけで。私ははがきを引っぺがす。ここからネット注文できますよというQRコードをスマホで読みとり、はがきに書いてあるPINコードを入力する。「WEB限定商品はこちら」など書いてあるページに飛んだことを確認して、はがきだけをカバンにしまう。もちろんカタログにしか載っていない商品の方が多いのだが、欲しいものは大体決まっている――いや、あのカタログの中に欲しいものはあまりない。
もう一つの記念品も同じように包装紙を剥いで、中身だけ取り出す。ちょっと高級な筆記用具。イニシャルが彫られているのでメルカリには出せない。社名が入っていなくてよかった。トイレのゴミ箱に、包装紙とカタログと折りたたんだ箱類を押し込む。いや、押し込めない。カタログだけゴミ箱の横に置かせてもらう。
熨斗紙は、誰が捨てたかわかってしまうので、ことさらに開いてみなければ分からないようにねじってねじって、捨てた。本当なら水で濡らしてしまいたいところだけど、それは清掃の人に迷惑なのでやめておいた。

さて随分荷物が減った。問題はこのでかい筒である。表彰状。
10年間よく働いたね、という表彰状。
そんなの私がわかっているし、世の中の大抵の人はみんなちゃんと働いている。見返して嬉しくなる? ならない。
こんまり流に人生をときめかせている私である。これはときめかない。捨てる。

でもさすがに会社近くのゴミ箱にこれ以上はまずい。下手をすると何かの間違いかもなんて親切心から会社に届けられてしまうかもしれない。仕方なく私はエコバッグを開いて、そこに青ネギか大根のように表彰状の入った筒を入れた。馬鹿でかい紙袋でごろごろさせながら持つよりはマシだ。

ようやく帰路について、せっかく大阪駅まで来たのだし、と私はオシャレなパン屋に寄る。明日の朝ごはんを買うのだ。
袋は有料ですが?
あ、はい、ここに入れます、いりません。
表彰状の隣に、明日の朝ごはん。美味しいバケットとパン・オ・ショコラ。

通勤ラッシュが始まるほんの少し前の時間の環状線に飛び乗って、もう一つガラの悪い乗り換え駅へ向かう。ガラは悪いが人は多く、ゴミ箱も多い理想的な駅だ。
それでもまだ私はビビっていて、迷っていた。さすがにこれをボンッとゴミ箱にいれてもいいのだろうか。だって、文面なんてほんの3秒しか見ていない。自分の名前の漢字がちゃんとあっていたかどうかすら定かじゃない。

どうしようかな。
やっぱり家に持って帰って次の普通ごみに出せばいいか。
同じ捨てるのに?
でも駅のゴミ箱もな……

悩んでいるうちに、ホームと改札の間のフロア。ドラッグストアや週替わりのお菓子屋やコンビニがある。そして、ゴミ箱があった。いつもならホーム直結のエスカレーターに乗るのに、一旦切れている方のエスカレーターに乗ったのだ、私。

スマホを眺めてゴミ箱の近くにたたずんでいる女性がいる。その人の横をするり、と抜けて、エコバッグから表彰状の筒を抜き出した。そのままの流れでゴミ箱へ入れる。まあまあしっかりとした音がして、ゴミ箱は確かに私の捨てたいものを受け取った。

エコバッグが軽くなった分以上に、荷物を下ろした感覚があった。捨てるか捨てるまいか、どうやって捨てようかなんて悩んでいたモヤモヤは全て手放せた。二度と見返さない、いい大人たちがどれほど喜ぶのかわからない集まりや記念品にお金をかけている弊社にモヤモヤする気持ちも、全て。

「準急、まもなく発車します」
もうすぐ扉を閉める音楽が流れてくる。私は階段を走り、一番近い扉から飛び乗った。なんて軽やかな走りだろう。
いらないものを自分で決めた。欲しいものだけ選び取った。
なんて素敵な体験だろう。

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