中将 大木繁 (17) 1945年8月21日『奉天から新京へ強制連行』
21日 ソ連軍が「四平街」に侵攻
23日 関東憲兵隊司令部は、武器をソ連軍に提出して、武装解除を終了
27日 午後11時35分、ソ連軍は、関東憲兵隊司令部および憲兵全員を
「四平街」にある「植半旅館」に集合させた。
集合させると、直ちに「四平街」駅へ連行し、
装甲列車に客車を連結させた列車に、全員を乗せた。
28日 早朝 列車は「四平街」駅を出発
日没に「奉天」駅に到着
憲兵将校が乗車した一両だけを「奉天」駅の東端に止めた。
その車両には、ソ連兵2名が監視についた
29日 「奉天」で大木繁司令官が、はじめてソ連軍将校の取り調べを受けた。
取り調べの内容は、次のとおり
ソ連軍 「関東憲兵隊司令部の隷属系統および任務は?」
大木司令官「関東軍司令部に属する。
任務は、作戦要務令に示す任務のみ」
この間、平木大佐、内田少佐、宮本少尉の三名のみが、
ソ連軍の取り調べを受けた。
29日 列車は「奉天」駅を出発し、北上を開始
29日の夕刻に「新京」に到着。
一同は、新京の憲兵隊司令部総務部長官舎に全員が収容された。
31日 関東憲兵隊総務部長官舎から「関東軍施設部長官舎」へ移動
移動はトラックで行われた
ちなみに「関東軍施設部長官舎」の隣りの「三浦関東局長官舎」には、
満州国の満州国国務総理大臣の「張景恵」、
その他閣僚が軟禁されていた。
見出しの写真は、奉天駅
愛知大学の国際中国学研究センターのデータベースから引用した
https://iccs.aichi-u.ac.jp/database/postcard/manzhou/sengtian/