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いかなる花の咲くやらん 第2章第6話 一万の願文
祐親と同じように、母の万劫御前も出家しようとしたが、
「このわしは老衰しておる。そのうえ工藤祐経はまだわしの命を狙っている。いつ死ぬかわからん。そなたが出家した後幼い子供を誰かに預けてどのように育つと思っているのか。どんな人とでもいいから再婚して二人の子供たちを、祐泰の形見と思って 育ててくださるまいか。もし、この願いを承知できないのなら まず この入道が自害しよう。それを見届けてから そなたの思い通りにするがよかろう」
そこまで言われて万劫御前は背くことができなかった。 そして遠い親戚である曽我祐信と再婚をした。 輿入れの前に祐泰の墓前で「 今はおいとましなくてはなりません。蘇我の里へ参ります。 どうか私と子供達をお守りください。私もまたどこにおりましても あなた様の菩提を弔います。」と挨拶をすると、その母の横で幼い一万が「おじい様の言葉に従って 母上様のお供をして曽我の里へ参ります。父上様の仇 工藤祐経を討つまで どうかお守りください」と泣きながら祈る姿に 皆涙ぐんだ。
こうして万劫御前は曽我祐信の元へ嫁いできた。
その頃、一万は、必ずや父の無念を晴らすを決意をし不動明王あてに手紙を書いた。
ふどうめう王様え申し上げ候。われらけうだいは。ちちにはなれ。母ばかりをたのみ。
おもしろき事もなく。けうだいづれにて。ほかゑまいり候ゑば。むかいやしきの平どのに。
せびらかされ。うばやしたじたまでも。をなじやうに。せびらかし候ぬゑ。うちゑかゑり。
ははさまにつげ候ゑば。いろいろとしかられ。せつかんにあひ申候まま。かなしくそとへも出で申さず。
はこ王とふたり内にいや。ただちちの事ばかりをおもひ。まことのととさまのないゆゑに。
よそのものにも。われわれ申候。はよう。大なをとこになり。かたきくどうすけつねをうち申たく候。
はは様の大じにせいと。おんおしゑ候。まもりほんぞんにて候へば。はようねがひを。すけつねをころし申たく候恐々謹言。
一まんより
をふどうさま
それから二年、世は平家の世から源氏の世に移っていた。
その昔平家の時代、流人だった頼朝と娘の八重姫の間に子がいることを知った工藤祐親が、平家を恐れて二人を別れさせ、その子供をす巻きにして川に沈めてしまったことがある。そのことを恨んでいる頼朝は工藤祐親を処刑した。
その頃、平家に関係したものはお腹の子供まで殺された。兄弟も平家側の人間として処刑されるところ、曽我祐信の嘆願で処刑を免(まぬが)れた。
石橋山の戦いで命を懸けて頼朝様をお助けした恩賞で得た駿河国八群の大介の任をご辞退して、二人の命を助けてくれたのだ。貧乏にはなったけれど、それでも祐信は二人が助かったことを、本当に喜んでくれた。
万劫御前は兄弟を救ってくれた曽我祐信にいたく感銘した。
「子供たちが助かって本当に良かった。祐泰が亡くなった時は、悲しみのあまり 一万には辛いことを言ってしまった。
まだ一万が五歳の時のこと。もう仇討ちのことは忘れているだろう。これからは貧しくとも、平穏にこの曽我で親子幸せに暮らしていきたいものよ」
しかし、歳月は幼な児の心にともった仇討ちの炎を消すことはなかった。
次回 第3章第1話 曽我の春 に続く
参考文献 小学館「曽我物語」新編日本古典文学全集53
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私には、石原良純さんに似ていらっしゃるように見えますが、こんなことを言うと不謹慎だとざわつくといけないので、何も言わなかったことにして下さい。
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ご住職が御不在のため、願文は近隣の孫佛山観音院様に預けられています。
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親切なご住職様にお話を伺い、
願文を見せて頂きました。
著者撮影
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宜しくお願いします。