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「いかなる花の咲くやらん」第10章第7話「音止めの滝」
兄弟は鶴菊の番傘がボタンに差しかけてある宿所を見つけた。
「兄上、あそこのようですね」
「しばし、この岩に隠れて、様子を伺おう」
「あちらの井田の屋敷に、頼朝はいるようですね」
「祐経は・・・・」
「何、なんとおっしゃいました」
「だから、祐経・・・」
ザザザー
「滝の音がうるさくて、兄上の声も良く聞こえません」
ザザザー
「ええい、うるさいぞ。滝。こちらは命を懸けて、親の無念を晴らそうとしているのだ。
少しは静かにできんのか」
「滝におわす竜神よ。しばしその勇猛な音をお鎮めください。そしてわれら兄弟の仇討ちにお力をお貸しください」
兄が静かに滝の竜神に願いを唱えると、滝は落ちるのをやめ、辺りは針を落とした音も響きそうな静けさになった。
「やはり、我らには神が味方をしてくれているようだ。ありがたや。ありがたや」
「頼朝のいる宿はあちらの井田の館。祐経は頼朝と共にいるではないのか」
「ふむ、こちらの宿所とは十町ほど離れている」
「このような警備の薄い宿に、本当に祐経がいるであろうか」
「兄上、亀若がここに居ると言ったら、必ずここに居りまする」
「そうだな。必ず、祐経はここに居る」
兄弟が話を終えると、また滝は轟く音を立てて、落ち始めた。
ザザザザザー
まるで兄弟の動く音が仇に聞こえないようにと、先ほどよりさらに大きな音で流れはじめた。
参考文献 小学館「曽我物語」新編日本古典文学全集53
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