「いかなる花の咲くやらん」第10章第3話「井手の館」
日逼(ひせめ)狩場で頼朝一行に追いついた兄弟ではあったが、祐経は用心深く夜回りも厳しく少しの隙もなかった。翌日、井出の館でも一晩中射手を並べ勢子を集めて警戒をしているのでこの晩も虚しく明けようとしていた。
「兄上、人が多すぎますね。どのようにしたらよいでしょうか」
「ふむ、野営の者、宿舎の者、多すぎて、どこに祐経がいるかも、よくわからぬ。」
翌日、五郎は丘に上がって馬の頭を下げて立っていた。十郎ははるか遠くの後方の草原の中にススキを分けて馬を控えていた。こうしたところに祐経が三頭の鹿に狙いをつけてかけてきた。十郎の大変近くまで来たが、ススキを隔てていたので十郎は気がつかなかった。五郎が気付き、丘の上から見て左下を、矢をつがえて指し示したが、十郎は鹿が来ると言っているのだとばかり思い、「鹿を討ちに来たのではない」と弓をつがえるとこはなかった。そこへいきなり祐経が現れた。「なんと祐経が来た」と言っていたのか十郎は急いで馬の足を立てて態勢を立て直そうとしたが、馬の左の前足をツツジの根に引っ掛けて馬が転んでしまった。十郎はゆるりと降り立ち すぐに祐経を追ったが 北条時政岡部五郎、吉香小次郎などが、祐経をはさんで合流してしまったので、思いとどまるしかなかった。その後も人々に見咎められないように
十郎が馬を走らせると 吾郎が馬を控、五郎が馬を走らせると十郎が馬を控えた。その日も虚しく一日が終わってしまった。翌日から三日間は巻狩であった。巻き狩りというのは、勢子の者たちがたくさん山に入り、上野山から鹿を追い下し、ふもとの野を取り巻いて囲んで、思い思いに射とるのである。射手をそろえ、組み合わせを決めて、頼朝殿の御前で鹿を射止めてお目にかける。組み合った人々が順番に召され、それぞれが華やかに着飾って参上した。気に入りの馬と馬具もそろえ、本当に世にもまれな豪勢な舞台の見せ物のようであった。その三日間も全く好機には得られなかった。
参考文献 小学館「曽我物語」新編日本古典文学全集53
「曽我物語図屏風」が山梨県立博物館に所蔵されています。
巻き刈りのようすがよくわかります。
次回へ続く
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