本と旅する京都 第参回とま屋
唯一無二の店主と和菓子
前回訪れた源鳳院から東へ。熊野若王子神社と続く勾配をゆっくりと上がっていくと、楚々としたとま屋さんの暖簾が揺れています。あまりの静けさに、入って行っても大丈夫かしらとドキドキしながら進むと、紅葉が散りばめられたような小径がありました。
ゆっくりと歩みを進めると、禅林寺永観堂と東山山麓を借景に紅葉が鮮やかなお庭が顔をのぞかせます。翠さんは、今日この瞬間しか見ることができない絵画を眺めているようで、しばらく時が止まったかようにじっと見入っていました。
そして、そこには日本家屋でありながらレトロモダンな印象を受ける和菓子店が顔をのぞかせます。このお店を切り盛りしながら、すべての和菓子をつくるのは、勝原やよ飛さん。きものに割烹着姿のチャーミングな女性です。普段は、こちらで予約制の和菓子を販売されていますが、今日は特別に、『お茶と一緒にどうぞ』とサロンに招き入れてくれました。
柔らかく抱きしめてくれるような、やよ飛さんのまとう雰囲気と少女のような笑顔を見て、『やよ飛さん、可愛い。きものに割烹着もとても素敵。可愛い、可愛い』と連呼していると、『最近の若い人たちが可愛いなんて言ってくれるの、嬉しいわね。ふふふ』と笑う、その『ふふふ』が私たちをまたキュンとさせてくれるのです。
そんな、やよ飛さんのつくる和菓子は、彼女の人柄を表すように体に染みわたる優しいお菓子。開店以来、常に作り続ける定番のわらび餅に季節の上生菓子。丸い塗りのお皿に行儀よく並べられた3つのお菓子を見たときには、「こんなにたくさん食べられるかしら」と頭をかすめたのはまったくの杞憂でした。
「こちらの和菓子、あんこの甘さの塩梅が絶妙で、いくつでも食べられてしまいます。サラッとしたこし餡の口当たりが絶品。それから秋にいただける栗きんとんも毎年楽しみにしています。」と翠さん。
三重県で茶店を開き、夫である木版画家の故・立原位貫氏ともにこの地に移り住んで40年近く。自分なりの和菓子をつくり続けてきたやよ飛さん。
「ねえ、40年近くも和菓子をつくり続けるってどう思う?気が遠くなっちゃうわ。何十年も続けようと思わなかったからきっとできたのね」
ずっと続けていこうとか、先のことを考えるのでなく、『今』を大切に目の前の和菓子に全力を注いできたからこそ、積み重なってできたこのお菓子。彼女にしかつくれない唯一無二の和菓子です。
「ついこの間の栗の時期には、一晩中栗仕事をしていたから台所で寝てたのよ」なんて、とんでもないことを言いながらも少女のように「ふふふ」と笑うやよ飛さん自身と彼女の生み出す和菓子のすっかり虜になってしまったのでした。
最後に翠さんが「お庭、サロンの調度品、和菓子、和菓子に添えられた、季節の草花…。そして東山の借景。
圧倒的美的センスで、いつもリラックスしながらも感覚的に刺激を受ける大好きなとま屋さん。教えたいけど本当は秘密にしておきたい。
大切な人が京都に来ると連れて行く、私にとってとてもスペシャルな場所。
やよ飛さんとのおしゃべりの時間もいつも楽しい。人生の先輩のことばに耳を傾け、一緒に笑い合う時間もまたご馳走かもしれないなって思うんだ。」とこっそり教えてくれました。
出演=松尾翠 撮影=若松亮 文=佐賀裕子 スタリング=Madam Yumiko