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【研究紹介】ルール定着のために、教師は学級目標をどのように活用しているのか

 今回は、学級づくりにおけるルールや規範をどのように教師が導入し、定着に向けているのかに焦点を当てた研究(岸野・武藤, 2009)を紹介します。
 課題設定の背景の一つとして著者らが挙げていたものに、日本特有の学校文化があります。それは、例えば米国と比較したときに、①担任教師が学業面と人間形成面の両面から子どもの成長にかかわっているということ、それから②権力を教師だけが持つのではなく、子どもと「平等的関係」を築こうとしていることだと言います。
 こうした特徴は、教師が学級のルールを共有するときにどのように表れているのでしょうか。以下に論文の概要を載せますので、この事例ではどうなのか、他の解釈はあり得るのか、そして違う文脈にも当てはまるのか、といった多様な視点で読んでいただけたらと思います。

研究の目的


小学校中学年において、学級規範を定着させるために教師が学級目標の標語をどのように用いているか、それを子どもたちはどのように受け取り、自分なりに用いるようになっていくのか、という導入・定着過程を明らかにする。

対象学級

  • 関東圏中規模都市 公立小学校3年生1学級(32名)

  • 3年次に再編された。

  • 教室の黒板の横に「命をたいせつに。心をたいせつに。人のべんきょうをじゃましない」という”三原則”(すなわち標語)が書かれた紙が掲示されている。

  • 担任教師(教師歴約20年)は、「2年間受け持つのなら子どもから出てきた言葉でルールを作るやり方もあるだろうが、この学校では通常1年で担任が変わるので、教師から提示して一貫したルールで早く学級を安定させることを選んだ」と語った。

手続き

  • 5月下旬~3月上旬、週1日、第一著者がビデオ記録をしながら参与観察を行なった(全部で31日間)。

  • 観察した31日中、”三原則”が表れたのは24日であり、抽出されたエピソードは54個であった。

結果と考察

  • 対象学級では、”三原則”が教師によって示され、1年間に渡って学習指導や生活指導、対人関係調整の場面で問題解決のために使われていた。

  • ”三原則”は、教師と児童の間で、権力関係に代わって「普遍的な倫理的規範」として位置づいていた。

<教師による適用段階>

  • “三原則”は、はじめは教師が守ってほしいこととして児童に示され、児童は「受身的に」理解しつつ意見も出していくようになった。

  • この段階では、”三原則”は、主にトラブルが生じた際の「問題解決」に利用されていた。

<教師による「使用方法の伝達」段階>

  • 2学期になると、「問題解決」よりもトラブルの「予防」や学級の方向性を規定するために”三原則”が用いられる場面も見られるようになった。

  • すなわち、”三原則”は、「命も心も傷つけなかったからいい」、「こういうことを守れば自由に活動していい」といったように、望ましい行動や「いい学級・学校の条件」として「最低限の制約」として機能していた。

  • これは、上述の「適用」段階よりも抽象度が上がり、”三原則”の「使い方そのものが伝達されている」過程だと考えられる。

  • 例えば、「うるせーんだよ、こんにゃろー」という児童の発言について、他の児童の中からは「良くない」言葉とする意見が出た。しかし教師は「みんな笑っているからいいでしょう」と述べ、「心や命」に直に関わる「本気の喧嘩」ではないと判断していた。この時、「三原則の抵触度合で判断すること」という「使用方法」を児童に伝えていると考えられる。

<児童による適用過程>

  • 1,2学期は、児童は教師に追随して”三原則”を適用していた。

  • 2,3学期は、児童が自発的に適用し始めていた。

  • 自発的な適用場面では、児童同士というよりも教師とのやり取りの中で対抗的に用いられることが多かった。

  • 児童は”三原則”をそのまま受け入れるのではなく、独自の視点で自分たちなりに用いていた。

まとめ

 本研究では、以下3点が示唆された。

①対象学級では「教師も子どもも同じように標語(三原則)に従う」という「平等的関係」の中で指導がなされていた。ただし、標語は教師によって持ち込まれたものであるため、児童からみると、児童同士というより教師との関係の中で重要なものと考えられていた。

②対象学級では、標語を通じて、学業面と人間形成的側面や倫理的側面が統合的に指導されていた。すなわち、教師は学習指導と人間形成の双方を交えながら児童のふるまいや活動を方向づけていた。

③標語の具体的な意味は日々の相互作用を通じて構築されていく。学級規範が共有される過程では、標語は、教師と児童の間を媒介しながら行為の方向性を示し、正当化する道具としての機能を持っていた。

今後の課題

  1.  観察した翌年度に、学級規範の共有化が進んだり、別な方向で規範が形成されたりした可能性があるため、1年間の観察で結論づけられない。

  2. 学級目標は学級によって異なり、学校には生活安全にかかわるような、規範以外の標語もある。今後は多様な標語を検討することが求められる。

  3. 本研究では標語に言及された場面を取り上げたが、暗黙に標語の内容が現れている場面や標語以外に規範を共有する道具にも着目する必要がある。

  4. 本研究では主として教師の働きかけに焦点を当てたが、子ども同士のやり取りや人間関係と規範との関係についても検討すべきである。

 いかがだったでしょうか。筆者は、教師の働きかけに注目していながらも、標語を用いることが3年生の児童にとってどのような意味を持つのか、という点を含めて考察していた点を興味深く読みました。また、今後は、学級規範というものが自然発生的に起こるのか、すなわち教師や子どもの意図性はどのように規範に影響している(されている)のか、という点を考えてみたいなと思いました。
(文責:おび)

書誌情報


岸野麻衣, & 無藤隆. (2009). 学級規範の導入と定着に向けた教師の働きかけ—小学校 3 年生の教室における学級目標の標語の使用過程の分析—. 教育心理学研究, 57(4), 407-418.


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