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給食室の天使たち④

嫌な噂ってやつは、耳を塞いでいても、誰かが頭の中に捩じ込んでくる。

先に言っておくと、僕はその2人を『風神、雷神』と
呼ぶ事にした。

分かりにくいだろうが、まぁ、待ちたまえ。

給食室で働き始めて、まだたったのひと月半。
どの現場に行っても必ず話題になる2人の男がいた。

「風神に怒鳴られた」
「雷神がブチ切れて、バケツを破壊した」 
「風神が怖すぎるので、退職した」
「雷神に魚を投げつけられた」

新人に、こんな話を聞かせないで欲しい。
とにかく、うちの会社には、泣く子も黙る2人がいるという事らしい。

ある日チーフが僕に言った。

ベタな展開でごめん。もう分かるよね?

「山田さん。悪いけど、明日はK市にある学校にヘルプに行ってくれない?1000食作るでかい現場で欠員が出て大変らしいんだ。」

新人の僕に選択肢は無い。

僕は明くる日、K市の学校に向かった。

ヘルプ先のチーフはいかにも屈強そうな女性だった。
話をしていて、頭の回転が速いのが伝わってくるタイプだ。

彼女は僕に制服を渡すと、今日使うロッカーの説明をしてくれたのだが、その時に聞き慣れた名前をサラッと言ってのけた。

「ごめんなさい、うちは人数が多くてロッカーが足りてないんです。山田さんは、風神さんと共用で使って下さい」

その時の僕の胸の締め付けられ具合。察して欲しい。

聞いてない、、、風神来るんだ、、、
帰りてぇ、、、

嘆いていても仕方なし。僕は覚悟を決めて、さっさと着替えをすまし、現場に入った。

現場の調理員達に挨拶をして、ざっくりとした、流れを教えてもらう。
給食の現場では、たとえヘルプであっても手取り足取りは教えて貰えない。自分から聞いて、どんどん仕事を進めていくのが基本だ。

今日のメニューはカレーライス。あまり、良い予感はしない。

お米と水を測り、釜に入れて、野菜の下処理の準備をしていると、、、

来た、、、絶対この人だ、、、

コンガリ日焼けした長身のロマンスグレー。岩城滉一と青木功を足して割った様な顔。
年配だが、背筋がピンと伸びて身体は締まっている。

「風神さん!おはようございます!」
皆がガヤガヤと集まってきて、風神に挨拶をする。

案外慕われているんだな、、、

僕もダッシュで挨拶しに行った。
「ヘルプの山田です。よろしくお願いします!」
風神は一言

「おう!」
  
現場には一気に緊張感が漂う。

仕事!仕事をするんだ俺よ!ボサっとするな!

僕は、目の前にある玉ねぎの山に手を突っ込んで、ペティナイフを片手に、全力で剥き始めた。

風神が着替えを終えて、現場に入ってきた。
さらに増す緊張感。
無駄口を叩く者は一人も居ない、静寂の世界だ。

それを突き破る、稲妻の様な一言。

「おい!ペティナイフどこだよ!」

何故怒号?
噂通りだ。普通に聞けばいいのに、、、

アレレ?ペティナイフ?

って事は、まさか、、、
風神がツカツカと僕の方に向かってきた。

頼む!こっちに来ないでくれ!恐いから!

風神はシンクを挟んで僕の向かい側に立つと、ものすごい勢いで、玉ねぎを剥き始めたのだった。

モタモタしていると殺される!
僕は人生最速で、玉ねぎを剥き続けた。

                 〈続くかも〉







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