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【いい店の人と考える、これから先のいい店って? vol.5】齊藤輝彦さん(アヒルストア 店主)
時代の波とコロナ禍による大きな転換期を迎えている今、お店というもののあり方も大きく変わりつつある。
お店というのは、住まう人や訪れる人と地域を結びつける、街にとっての窓みたいなものなのではないか。そう考えたとき、これから先の街を、社会を、そして住まう人を元気にしていくような「いい店」とは一体どういうものなのだろう。
お店を始めたい人も、既にやってる人も、いい店が好きな人も、みんなが知りたいこれから先の「いい店」のことを、実際に「いい店」をやっている方に聞いてみたい。今回登場するのは、東京・富ヶ谷にある〈アヒルストア〉の店主、齊藤輝彦さんである。
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食や、食空間への興味。いずれは自分で飲食店を、と漠然と思っていた。
東京・富ヶ谷の「奥渋谷」と呼ばれるエリアの路地にある〈アヒルストア〉。数多くのナチュラルワインと手作り料理が提供される人気のワイン酒場だ。平日、週末を問わず待ち客で溢れるそこは、ワインもパンも料理もすべてがおいしく、店主・齊藤さんのフランクなもてなしも相まって「こんな店が近所にあったらいいのにな」と思わせてくれる文字通りの良店である。
そんな良店を切り盛りする齊藤さんだが、ここまでの道のりは、決して平坦なものではなかったという。
「大学時代は建築を学んでいたのですが、同時にバンド活動もしていて、あまりガチンコに建築に向き合う感じではなかったんですよ。“好きなことやって、自由に生きていけたら”という、学生にありがちな甘い夢を見ていたわけです。
とはいえ、食や食空間に興味はあったんです。だから、いずれはカフェや飲食店の内装を手掛けたり、自分で飲食店をやっていきたいとは漠然と思っていました。ちょうど90年代後半で、カフェブームだったこともあって」
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卒業後、一度は就職した齊藤さんだったが、1年で退職してしまう。
「まだ目標はぼんやりしていたのですが、一度ちゃんと料理を学ばないとと思い、地元に近い千葉の有名レストランで働かせてもらったんです。そこで料理人の心構えを学んで、その後に小さな設計事務所に入りました。そこは店舗が専門で、設計から工事まですべて手掛けていたので、3年近く働く中で内装に関して一通り学ぶことができました。
当時の僕の中では、まずは料理に関すること、次は内装に関すること、といった感じで、ひとつずつ課題をクリアしていく感覚でしたね。本来はどちらももっとじっくり取り組むべきなのかもしれないけど、性格的に、そのジャンルの大枠がわかってくると飽きてしまうんですよ、正直……(苦笑)。このことは大きなコンプレックスでもあったのですが、でも浅ければ浅いなりにやり方はあるのでは?と。自分の性格と向き合う中で考え始めて」
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フードトラックとワインショップ勤務を経て見えてきた、自分の店のビジョン。
齊藤さんが次に始めたのが、フードトラックだった。
「弁当を売ることで少しお金をためて実店舗を開ければと思い、渋谷のキャットストリートで昼間、アジアの屋台風に総菜を選べるスタイルの弁当をフードトラックで売り始めました。そうしたらそれが想像以上に売れてくれたんです。
でも、僕一人の作業量だと1日50食を作るので精いっぱい。売れるのは楽しいけど、もっと売りたくても作れる数には限度がある。飲食業の面白さと同時に、商売の難しさも感じましたね。その頃から、なんとなく食事とお酒を楽しめるお店を持てたらと考えていたのですが、今独立しても駄目。もっとお酒の知識をつけないとと考え、恵比寿にあるワインショップ〈トロワザムール〉で働き始めました。
元々はビールが好きだったんですけど、ビールってそれだけで完結する部分があるじゃないですか。食事とお酒の関係性で言ったら、やっぱりワインを勉強する必要があるなって」
〈トロワザムール〉はナチュラルワインの先駆的なショップだった。そのことが齊藤さんに大きな影響を与えることとなる。
「それまで、ワインってもっと敷居が高いものと思っていたんです。でもナチュラルワインは価格的にも気軽に飲めるし、農作物的な意味合いも強くて、とてもフランクに入っていける世界。こういう感じがいいなと思って、どんどんのめり込んで行きました。
当時は自然派ワインと呼ばれていて、まだメジャーなジャンルではなかったこともあり、自分の店は自然派のワインを売りにしようと決めたんです。それまでぼんやりしていた自分の店のビジョンが、その辺りからはっきりしてきましたね。そのスタイルなら戦えるかもしれないって」
お店は中国料理店で点心師をしていた妹さんと一緒にやることに決めており、2人で話し合うなかでワインとパン、シンプルな料理を出すビジョンが固まっていった。
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ハレの日ではなくケの日に、気軽に入れるお店の最高峰
「渋谷でフードトラックをやっていたこともあって、この近辺でいい場所はないかなと思い、プライベートでもよく来ていた富ヶ谷のあたりはどうだろうと考えました。当時はまだ奥渋谷という呼び方はなく、渋谷の喧騒から離れた静かな住宅街という感じでしたが、こじんまりとした個人店がいくつかあって、どこもいい雰囲気だったんですよ。
自分たちのお店のコンセプトとして、頻繁に外食をする人がハレの日ではなくケの日に、気軽に入れるお店の最高峰を目指したいというのがあって、それにマッチするのはこの辺りだなって。
料理もお酒も、決して華美ではないけどまっとうなものを出せる、ちゃんとその土地に根付いたお店にしたかったんです」
元々閑静な住宅街だけに、飲食業可の物件が出ることはほとんどなかったが、たまたま現在店舗の入っている物件が見つかり、2008年に晴れて〈アヒルストア〉はオープンした。
「理想を言えば12坪ぐらいは欲しかったのですが、ここは約7坪しかありません。図面上は少し狭いな、と思いましたけど、内見すると天井が高くて、やり方次第では広く見せられるなと。あと、狭い分金額的にも多少安めで、開業資金を抑えられたのは開店初期の運営計画を立てる上でかなり大きかったですね。
内装工事は一人だけ大工さんに来てもらって、半セルフビルドで仕上げました。天井側にストックスペース用の棚を作ったり、店の奥の壁に大きな鏡を置いたり。壁は妹が“生クリーム塗るのと一緒でしょ”と言いながら塗ってましたね。鏡は設計事務所にいた頃に知った、空間の奥行きを広く見せる効果を狙っています」
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自分たちの街に新しい飲食店ができる。工事中から富ヶ谷界隈では〈アヒルストア〉の存在が話題になっていたという。
「工事をしていると、1日に何十人もの方が“ここ何屋さんになるの?”って声を掛けてくれるんです。結局当初の予定から伸びて工事に一か月ぐらいかかってしまったけど、結果的にその間に街中にこの店のことが口コミのように広まって、最高の宣伝になりましたね。いざ開店すると、友だちは一人も呼んでいないのに初日からいきなり満席でしたから。
僕が以前この界隈で通っていたお店の方も来てくれたりして、最初の段階で地元の皆さんに受け入れて頂けたのはすごく嬉しかった。自分が好きな街で、やりたい形でお店を初めて、その街の方が来てくれるって一番幸せなことじゃないですか」
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カウンターは着席式、後ろにテーブル代わりのワイン樽をいくつか置いて立って飲むスタイルは、フランスの酒屋を真似たもの。
「スペースを考えると普通のテーブルを置くのは無理で、苦肉の策で立ち飲みにしたのもあるんですけどね(笑)。でも樽をテーブルにして飲むってシンプルに格好いいし、4名様が来ても“狭いけどそちらでよければ”と入ってもらえる。いい意味でのアバウトさが店のコンセプトにも合っているのかなと。今では、狭いスペースだったことが〈アヒルストア〉らしさを作ったと思っています」
大きな変革期。コロナ禍で得た新しいアヒルストアのスタイル。
こうして「ふらっと寄れる街のスタンド」として親しまれるようになった〈アヒルストア〉。しかしどの飲食店にも共通することだが、コロナ禍はやはり大きな出来事だった。
「お酒を出せなくなって代わりにジュースを出したり、テイクアウトを始めたりといろいろやりました。でも基本的には逆境に対しては燃える性格だし、これは大きな変革期を迎えたんだなと思い、今まで出来なかったことにトライできる機会だとも感じたんです。
それまでは18時開店、24時閉店で土曜日だけ15時~21時だったのですが、今後は昼間主体の社会になるだろうとの予測と、時短要請にその都度合わせるのは後手に回るだけだとの思いから、2020年6月の段階で全日15時~21時にシフトして、それまで可能だった予約もとらないことにしました。
15時開店でも家で仕事をしていてフラっと飲みに来る方など、この界隈であれば昼飲みの需要は間違いなくある。予約不可については大きな決断でしたが、ソーシャルディスタンスが問われる時代に、この狭い店にわざわざ予約して来ていただいても、他人との距離をとるのが物理的に難しいということが大きな理由。あと、気軽に飲み食いするお店なのに、ずっと前から予約して貰うことがちょっとプレッシャーになっていたというのもありました」
コロナ禍で、さらに地元との繋がりを実感する機会が増えたと齊藤さんは話す。
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「それは今でも続けているテイクアウトが大きかった。始めた頃は小さいお子さんを連れた自転車に乗ったお母さんたちがたくさん買ってくれて、“いつ通りがかっても混んでいるし、普段夜遅くは出られないからテイクアウトは助かる”って言ってくれたんですよ。そこでもうひとつ、この街との関係性が深まった気がしましたね。
あと、そういった普段夜は来られない方たちのためにも、15時開店にした意味があるんです。早い時間ならたまたま席が空いている日もあるし、通りがかりにフラッと入って1杯だけ飲んでもらうこともできる。またそうした対応も、予約が入っているとなかなか難しいですから。
全日15時開店は以前から考えていたのですが、忙しい時はお店を回すだけで手いっぱいで、いきなりスタイルを変更するって難しいんですよ。その意味ではコロナがお店を一旦リセットできるタイミングになりました」
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”熱量”を感じられる、美学やパッションに溢れたお店。
そんな齊藤さんにとって、「いい店」ってどんなお店なのだろう。
「味だけではなくて、いろんな意味で“熱量”を感じられるお店ですかね。それは喋る、喋らないは関係なく、接客のひとつひとつから感じられるものだったり、店構えの良さだったり、店主のピュアさだったり……。僕自身がお店をやっているから余計敏感になるのかもしれませんけど、スタッフとお客さんが決してなれ合いではない、その上でのいい循環が作られているのに触れると、情にほだされると言うか、グッときてつい何度も通っちゃいます。
逆に、何でも器用にこなせているお店だと、どんなにおいしくても気分が萎えちゃうんです。そこに一種の美学やパッションがあるかないか。それに溢れたお店こそが、僕にとっての“いい店”ですね」
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齊藤輝彦さん
●さいとう・てるひこ 大学卒業後、設計事務所勤務などを経て弁当の屋台〈スター食堂〉運営、ワインショップ勤務などを経て2008年に〈アヒルストア〉をオープン。
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アヒルストア
住所:東京都渋谷区富ケ谷1-19-4
営業時間:15:00 〜 21:00
水曜、日曜定休
写真/石原敦志 取材・文/黒田創 編集/木村俊介(散歩社)
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