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カンパニー|旅館「扇芳閣」の成り立ち②

こんにちは!「扇芳閣」公式Noteへご訪問いただき、誠にありがとうございます。5代目・経営者の谷口優太です。

今回は前回の「扇芳閣」の「成り立ち①」に続いて、パート②を綴っています。

①環境に配慮した旅館経営とバリアフリー化の推進(1990年~)


三代目・谷口仙二から、事業を継承した四代目・谷口徹は、バブル経済崩壊などの難局に直面しながら、肥大化した旅館経営のスリム化に邁進しました。組織の再構築や徹底コスト管理などに取り組み、当時、どんぶり勘定の旅館が多い中「1名1泊1万円で黒字になる旅館づくり」に取り組みました。

また、1997年に京都議定書が採択され、国内でも環境に対しての企業責任が問われ始めるようになってきた時期でもありました。

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豊かな海洋自然が残る鳥羽市・安楽島町の原風景

鳥羽の豊かな海洋環境を次世代に残したいという思いから、四代目・谷口徹も気候変動予防に関わる取り組みに熱意を注ぎました。その中でも三重県の推進する「環境システムマネジメント」を旅館に導入し、排出する二酸化炭素や排水量を可視化し、環境への負荷を継続的に低減させていく取り組みを全国の旅館に先駆けて実施しました。

加えて、団体旅行から個人旅行への転換期と、社会的な権利意識の向上を受け、館内のバリアフリー化にも着手しはじめました。

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"段差のあるお部屋に、暗くて狭い廊下、世界で一番バリアフリーが
遅れている日本の旅館を、誰しもが過ごしやすい場所に変えてたい"
四代目・谷口徹

「バリアフリー」という言葉が世間一般でも定着していないころ「障碍者から健常者まで、すべての人が楽しめる『旅館』を創る」という目標を持ち、旅館のバリアフリー化を推進しました。2003年には「障碍がある人が一人でも旅行を楽しめる部屋」として5部屋をユニバーサルデザインルームとして改築しました。

②めだかの学校事業のスタート(2000年~)

四代目の谷口徹に経営が引き継がれた後、三代目の谷口仙二は、福井生まれの「よそ者」を仲間として迎えてくれた鳥羽市へ、恩返しをしたい、という気持ちがありました。そこで、多摩美術大学で油絵を専攻していた「芸術家」であった本人の情熱もあり、約500坪分の裏山に、大人から子どもまでが楽しめる「めだかの学校」を社会貢献事業(CSR)の一環として造成しました。

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"黒メダカが住めるような豊かな自然が、今の子どもたちには必要だ"
三代目・谷口仙二

2000年当時、減少が始まった鳥羽市の子どもの数と、急速な護岸工事や水路の整備に伴い減少していく黒メダカ(絶滅危惧種)を重ね合わせ「黒メダカが住めるような豊かな自然を再生し、子どもたちが育ちやすいような環境を後世に残したい」という思いを持って2000年4月19日(飼育の日)に「めだかの学校事業」を開始しました。

めだかの学校事業は、現在でも運営されており、約5000匹の黒メダカが現在も保護されています。また、観光客はもちろん、地域の幼稚園や保育園の園児が必ず遠足で訪れる鳥羽市の憩いの場となっています。

③経営者の入院と空白の10年間(2010年~)

三代目・谷口徹は、そのリーダーシップで、全国旅館組合の東海地区ブロック長を務め、三重県の観光業を牽引する役割を担っていました。また、デフレ経済の中、大型化旅館でも利益が出るビジネスモデルを確立し、全国各地20程度の旅館・ホテルのコンサルタントとして休みなく働いていました。

しかし、過労が原因で2008年9月に出張先の東京で、脳幹出血で倒れ、その後、息を引き取るまでの12年間は意識を取り戻すことなく入院していました。当時まだ43歳で、これから扇芳閣にとどまらず、三重県、日本全体に様々なことを仕掛けていこうと考えていた矢先のことでした。

四代目・谷口徹の入院を受け、経営のバトンが前世代(三代目)に戻る形で、谷口仙二と女将の谷口正子、若女将の谷口志津加、の3名が経営の中心を担うようになりました。

団体旅行から個人旅行への転換や、オンライン旅行会社やAirbnbをはじめとるする民泊の登場など、観光業界が大きく変化した10年間、四代目・谷口徹の残した経営基盤を引き継ぎ、旅館を切り盛りしていきました。

④3代目から5代目へ・世代を跨いだ事業継承(2020年)

三代目・谷口仙二(84歳)らが中心になり経営を行っていたましたが、2020年初頭からのコロナウイルスの蔓延に伴い、売り上げは大きく減少、経営陣の高齢化もあり、旅館は大きな岐路に立たされていました。

これまでとは違う新しい経営スタイルの必要性から、令和元年(2020年3月)に谷口仙二の孫にあたる五代目・谷口優太に事業継承されました。

旅行スタイルの大きな変化やコロナウイルス蔓延など、これまでに人類が直面してこなかった新たな挑戦があるなか、五代目・谷口優太はこの難局を乗り越えていくため、家族・社員一丸となって経営に真摯に向き合っています。

創業より65年。小さな割烹料亭「扇芳亭」として始まったときから事業の内容は大きく変わりました。しかし、創業者・谷口俊郎が願いを込め名付けた「扇芳閣」という名前に見合った事業ができるよう、これからも謙虚な気持ちで邁進してまいります。

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本記事は、旅館「扇芳閣」が「子育て家族に愛される旅館」へと変化する過程での「試行錯誤」や「学び」を整理し、その過程で奮闘する様子を綴ったものです。

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