27歳、老舗旅館の5代目。コロナ禍にとことん考えて、「変える」と決意したこと
こんにちは! 旅館「扇芳閣」のnoteにご訪問いただき、ありがとうございます。5代目・経営者の谷口優太です。
2020年4月、緊急事態宣言が発令され、まさにコロナ禍に突入したさなかに、地方旅館の後継となった私が、未来をつくるためにとことん考えたことを書いてみたいと思います。
1950年に創業した旅館「扇芳閣」はいま、大きな変革期を迎えています。
今回のテーマは、そんな私たち扇芳閣の「リブランディング」について。
正直なところ、大きく「リブランディング」と謳うことにまだ少し迷いがあります。言葉にするととても簡単なのですが、旅館のリブランディングは「Webサイトを刷新して終わり!」みたいな話ではありません。
本当の意味でブランドが新しくなるのは、お客さま、社員、地域、環境、そして未来との接点を見直して整えたときです。私は5代目なので、これまでの旅館の歴史の上に、自然なかたちで新たな試みを積み上げていくことになります。それは、ときに、新しく何かを始めることよりもとても大変......(文字数!)。
そんな私が、なぜ旅館「扇芳閣」のリブランディングを決意したのか。どんなことから取り組んだのか。そして、なぜ改修費ではなくオリジナル絵本のためにクラウドファンディングに挑戦したのか。その背景をちゃんとお伝えしてみたいと思います。
伊勢志摩の「扇芳閣」、生まれ変わります
すでに旅館内の改装工事が少しずつ始まっています。まずは、新たに生まれ変わる空間について紹介します。
2022年11月には新客室となるファミリースイートルームの一部が完成しました。そのほか、ダイニング、鳥羽湾を臨むテラス、カフェ、エントランスなどの改装を随時進めていきます。
客室では、85部屋を60部屋に減らす代わりに、1部屋の面積をうんと広げます。お部屋は子どもが安心して楽しく過ごせる空間です。
例えば、お子さまと一緒に入れる大きめの露天風呂を設置したり、コンセントは90センチより高く備え付けて、お子様が誤って触らないようにしたり。掛け軸などの代わりに、子どもも大人も楽しめるプレイアートを展示しています。積み木にもなるアート作品はお子さまも遊べるようにする予定です。細かいこだわりですが、遮光カーテンで子どもの睡眠を妨げない工夫もしています。
おじいさんおばあさんから、子育て世代、お孫さんの3・4世代の家族旅行や、ごきょうだいの家族同士でのご宿泊に対応できるファミリーフレンドリーなお部屋作りを目指しました(もちろん、仲の良いお友達同士、友人家族で泊まっても楽しめるお部屋です!)。
また、生まれ変わるダイニングには、ライブキッチンが誕生します。大人がゆったりとお食事できる空間と、お子さまとお食事するスペース、どちらも楽しめるように2つの空間が完成予定です。
ちなみに、朝ごはんのビュッフェには蒸し野菜やおかゆ、無糖ヨーグルトなどなど、(大人と同じように)小さいお子さまでも食べられる、栄養バランスも考慮したメニューを取り入れます。
旅館の裏山を、子どもたちの「遊び場」に
何より、旅館の裏山には「森のアスレチック」を作り、都会では味わえない自然との遊びを満喫してもらいたいと思っています。
私自身、小さい頃から裏山を駆け巡り、秘密基地を作って遊んでいる子どもでした。
森のアスレチックの高さは建物2階建てでも、足元が細いので、よりハラハラ、ワクワク。落ちないかな、大丈夫かな......とドキドキしながら歩くスリルな経験は、普段の日々ではなかなか経験しないですよね。
ここでは大人も「小さい頃は木登りしたなあ」と思い出したりして、いざ子どもと一緒に木に登ってみたら、子どもの方が先にスイスイ登れちゃったり。子どもは、「自然の中では自分の方がすごいじゃん!」と思えたり。自然の中で、普段と違う親子の関係性が生まれるのも、旅行だからこその「非日常」の醍醐味だなと思って、そんなきっかけを作れる場所を旅館にもつくりたかったんです。
「森のアスレチック」の近くには、こだわりのコーヒーやバウムクーヘンが楽しめるカフェも新設する予定です。地元の親子連れ、子どもたちにも遊びに来てもらいたいと思っています。
子育て家族の“鬼門”、チェックインの時間
さらに旅館で、意外と“鬼門”なのがチェックイン。
大人は大きな荷物を持ちながら、お子さまにも目を配らないといけない。小さいお子さまがいる方にとっては、なかなか気が落ち着かないタイミングなんです。
そこで、一階のラウンジには、お子様が存分に走り回ったり滑り台で遊べる場所を作ろうと思っています。大人と子どものスペースを区切るのではなく、大人がゆったり座れる空間もありながら、子どもも自然と遊べるような空間づくりを工夫しました。
子連れで扇芳閣にいらしたみなさまは、安心してチェックインを済ませられますし、その後にラウンジでウェルカムドリンクを飲みながら、楽しそうに遊ぶお子さまたちを眺めながら、ほっと一息つく──。
そんな「非日常」の始まりを、予感させることができたらと思っています。
いま順次改装工事を進めていて、2023年の5月頃までにすべての工事が終わる予定です。
コロナ禍、「自分」と向き合って、とことん考えたこと
ここからは、旅館「扇芳閣」をリニューアルをしようと思った背景をお伝えしていきたいと思います。
もともと私は、旅館を継承するまで、5年間の「武者修行」に出ていました。旅館しか知らない旅館経営者にならないために、広く観光業や経営を学ぼうと思ったのです。
新卒で海外の旅行代理店に就職し、アメリカと日本で働きました。
その後、長野県の小布施町で1年間、旅行会社の新規事業の立ち上げを経験しました。それは魅力的なのにまだ観光コンテンツになっていない原石を見つける仕事で、酒蔵、地元の酒店、農家、菓子店、牧場などを訪れ、地域の人と話しながら旅行商品を作りました。
最後の1年3カ月は、オランダのロッテルダムに留学し、MBAを取得しました。
2020年3月、MBA修了と同時に、オランダから帰国。そして、2020年4月、扇芳閣を事業継承しました。
ちょうど新型コロナウイルスが感染拡大し、日本でも緊急事態宣言が発令された時期でした。
新型コロナと同時に、旅館経営者のキャリアが始まったのです。
未曾有の事態。私が旅館を継いで最初に決断したことは「旅館を閉める」ことでした。
ふり返ると、当時は毎日生きるのにとにかく必死でした。旅館のスタッフ約70名のお給料をどう支払うか、どうやって金融機関から数億円を調達するか。事業計画を作るのに10時間を費やす日もあったほどです。
大変な一方で、良かったのが、「これから扇芳閣をどういう旅館にしていくか」について、とことん考える時間を持てたことです。
朝から晩まで、お客さまも来なければ電話も鳴らなかったので、あらためて自己分析にはじまり、自分が本当に成し遂げたいもの、死ぬ時にどうしたら「良い人生だった」と思えるのかを、思い巡らせました。
そして導き出した答えは、「近くの人を大切にできる社会を実現するために事業をしよう」ということ。
旅館業を通じて、子どもとお父さんお母さんが豊かな時間を過ごしながら、「一生心に残る、一瞬」を作るお手伝いをしたいと思いました。
なぜ、私はそう思ったのか。
これには10代の頃の経験が大きく影響しています。
私の父は、私が15歳のときに、脳幹出血で倒れたのです。出張中、東京での出来事でした。
そして、その後12年間、亡くなるまで植物状態となり、会話をすることはできませんでした。
当時、父は旅館のコンサル業などで多忙を極めていたため、私は父との最後の会話を思い出すことができませんでした。
ベッドに横たわる父を見つめながら「当たり前の瞬間、時間はこんなにも簡単に取り戻せなくなるのか」と、ただただ悔しさがこみ上げてきたのを覚えています。
だからこそ、リブランディングと向き合うなかで、私は扇芳閣を訪れてくれたみなさんに、「一生心に残る、一瞬」の時間や体験を、そして家族の思い出を届けたい、と強く思いました。父への思いが、これからの扇芳閣を考えるうえで根底にあったのは間違いありません。
こうして、「家族の時間」に焦点を当てて、扇芳閣をリブランディングすることを決意したのです。
そしてコンセプトを「世界中の子育て家族から愛される、上質な旅館になる」とすることに決めて、祖母の大女将、母の女将に伝えてみました。
ふたりとも、すごく前向きに捉えてくれました。とくに母は子育て経験もあり、もともと小学校の先生だったこともあって、子どもの気持ちに理解があり、なおさら深く共感してくれました。
働き盛りだった父が倒れたことは、祖母と母にとってもショックで悲しい出来事でした。それからずっと祖父とともに扇芳閣を支えてきたふたりが応援してくれたことは、とてもうれしく心強かったです。
“子育て家族”に聞いた「旅行中に大変だったこと」
こうしてコンセプトを決めて、2020年12月頃から、具体的にどんな旅館にしていくのかを検討しはじめました。リサーチに次ぐリサーチを重ね、プラン作成など忙しい日々が始まりました。
新型コロナの影響で、まだ客足も戻らないままでしたが、むしろ「やるならいましかない!」と思って突き進みました。
学生時代から仲が良かった外資系コンサル会社の友人や、PR戦略を専門にする友人が、プロボノとして手伝ってくれて、リサーチを実施(本当にありがたい限りです...!!!)。
半年かけて、約300名の子育て中の方々にインタビューやアンケートを通じて、「旅行中に大変だったこと」を調査してみました。
すると、旅行先で、子どもにとっての「日常」と、大人の「非日常」が共存する特別な空間は見つけにくいという事実が浮かび上がってきました。
大人たちは旅行先だからこそ得られる非日常を求めつつも、子どもたちの生活リズムを大切にして、なるべくいつもと同じ時間にごはんを食べさせて、(起きないように)暗い部屋で寝かしつけたいと考えている。旅先でも、日常のルーティンを考えてしまうことがわかってきました。
子育て家族の旅では、旅行中に夫婦ふたりの時間をつくることはむずかしい。旅先でも、ゆっくり食事を味わうこと、ゆったり風呂に入ることなど、カップルでいたときは楽しめていたことを諦めながら旅行しているんだなと感じました。
リサーチやアンケートの声をふまえて、どうすればバランスを取りながら、親世代にも子どもたちにもやさしい旅館づくりができるのかを考えるようになりました。
その第一歩として、今回のリブランディングでは、離乳食の容器の素材選びから、お部屋の遮光カーテン、客室風呂の大きさにいたるまで、とことんこだわっています。
子連れ旅であっても「非日常」な上質な時間をお届けする。そんな姿勢で取り組んできました。
旅館が「絵本」をつくる、ふたつの理由
さて、扇芳閣のリニューアルでは、旅館の大規模な改装だけでなく、「オリジナル絵本」づくりも欠かせない重要なものになっています。
絵本の舞台は、扇芳閣のある自然豊かな鳥羽の森。
この森に生きる、リスの“オーギー”が主人公の物語です。絵本には、いろんな生きものや多世代のファミリーが登場します。森に“おやど”を作り、いろんな個性を持つお客さんを泊めようと、仲間たちと奮闘するオーギーの冒険が描かれています。
私たちにとって、この絵本には大きくふたつの役割があります。
ひとつは、家族で一緒に「絵本を読む」という体験を創りだすため。
扇芳閣という場所で、親子で一緒に楽しめる体験が生まれることが大事だと思っています。「家族の時間」をテーマにするなら、「子ども向け」「大人向け」と区切るのではなく、自然と親と子どもが一緒に楽しめる時間を届けたいと思ったのです。
もっというと、まだまだ主に女性が育児家事をする時間が長い日本の社会において、旅先でも、お父さんが子どもと楽しいひとときを過ごすきっかけになればと思っています。お母さんはその間、ドリンクを飲みながらゆったりとくつろげるかもしれません。
子どもと遊ぶきっかけづくりが、「絵本」ならできるんじゃないかと思ったのです。普段の役割分担とはちょっと違う、子どもとの時間、子どもとの関係性が生まれるんじゃないかと。
家庭によっては、夜遅くにお父さんが帰宅すると、もう子どもが寝ていることもあると思います。旅行をふり返って、子どもが「お父さんが絵本を読んでくれてうれしかった」と思ってくれたりしたらいいな。日常に戻ってからも、絵本の読み聞かせを習慣にするご家族が、1組でも2組でも増えてくれたらいいなと期待しています。
ふたつ目は、子どもをゲストのひとりとして旅館にお迎えするため。
通常、旅館にある館内案内や観光パンフレットは、すべて大人用。
子どもが「この旅館にはこんなところがあるんだ」「行ってみたい、見てみたい!」「冒険してみたい」と思ってもらえるような、子どもたちに届ける旅のしおりやパンフレットを作ることはできないだろうかと思ったんです。
子どもに「読みたい」「見たい」「面白い!」と思ってもらえるものはなんだろう......と考えたときに、「絵本」など子どもが読めるメディアで、旅館や周囲のことを伝えたらいいんじゃないかと思いつきました。
私にも小さな子どもがいますが、「絵本」というアプローチであれば、ゲストである子どもたちにも読んでもらえて、扇芳閣の思いも自然に届けられるんじゃないかと思ったのです。
絵本の創作は、三重県在住の絵本作家・はっとりひろきさんにお願いしました。
実際に、ご家族で扇芳閣に泊まってくださり、周囲の自然や私や大女将、女将ともお会いしてくださり、ものすごく素敵なオリジナルの物語に仕上げてくださいました。最初のラフを拝見したとき、思わず泣いてしまったほどです。
絵本については、また次のnoteでちゃんと書きたいと思っています。
おそらく、旅館がオリジナル絵本をつくる試みは、全国でも初めてなんじゃないでしょうか(もし同じような試みをされている仲間がいたら教えてください!)。
お部屋で親子で読み聞かせするシーンが浮かんで、思いつきからスタートしましたが、編集者の友人や装丁家の方とチームになり、オリジナルの絵本をつくることができました。出版社じゃなくても、絵本は作れるんだな、作ってもいいんだなと実感しています。
最後に...
最後になりますが、扇芳閣のリニューアルを進めるなかで、「まだまだ仲間は少ないな」とも感じています。
本当に「子育て家族にやさしい宿づくり」に向き合う旅館やホテルは、日本ではまだまだ多くないのが現状です。
三重県の一旅館である私たち扇芳閣が、どんなにファミリーフレンドリーであっても、年間6万人しか受け入れることはできません。
それは旅行をする人のほんの一握りです。
当然、子連れ旅行だけが旅行ではないですが、もっと小さなお子様を連れて、上質な「非日常」を体験できる旅館やホテルが増えたらいいと思います。
先に書いた通り、私は「近くの人を大切にできる社会を実現するために事業をしよう」と決めました。これからも旅館業を通じて、子どもとお父さんお母さんが豊かな時間を過ごしながら、「一生心に残る、一瞬」を作るお手伝いをしていきます。
私にとって、旅館業はあくまで手段であり、方法。
教育でも、政治でも、旅館に限らずいろいろなアプローチで、家族や子どもにやさしい社会は作っていくことができると思います。だからこそ、こんなことやっている旅館もあるよと知ってもらえたら幸いです。
私自身は、「2035年までに、同じような価値観やコンセプトの旅館を、国内15カ所に作る」という目標を掲げています。
もちろん、すべて扇芳閣でやろうとは思っていません。
私たちの思想に共感する、観光業や旅館業に関わる方がいましたら、ぜひ一緒に挑戦していけたらうれしいです。
ここまで読んでくださったみなさま、
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》子育て家族に最も愛される旅館」めざして、"子どもと楽しめる絵本"をつくりたい!
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