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#8 からだに合った食を求め、価値あるものを提供する営み(前編)

#日本酒の枠を超え、色とりどりの分野で活躍する「ニホンジン」を訪ね、
日本の輪を広げて行きます。それはまさに「和の輪」。
第8回のゲストは、料理人で猟師という肩書を持つ竹林久仁子さんです。

竹林さんは、小田急線の喜多見駅のそばに〈ビートイート〉というレストランを営んできた。狩猟免許を持つ料理人の出すジビエ料理とスパイスカレーが評判を呼んで、2024年の春は 新たに原宿にもカレー専門店を出店する。今回は、竹林さんが狩猟を始めるきっかけやジビエ料理を通して考える日本の食のありかたを3回にわたって伺っていきます。
(※ジビエはフランス語で狩りの対象となる野生の鳥獣の肉のこと。英語ではゲームミート。お話は狩猟シーズン真っ盛りの冬場にお聞きしました)


狩猟に行く山は女性の神様ですから!

薄井 久仁子さん、こんにちは。こんなところでお会いするとは!

竹林 こんにちは。はい!ちょっと呼び出してしまいました(笑)。

薄井 凄いですね。初めて来ました、銃砲店ですよね、ここ!

竹林 はい、銃砲店です。こういった形で工場が見られるっていうのはなかなか珍しいでしょう?

薄井 日本に残っているのですね。

竹林 日本の銃器メーカーっていうのが衰退してしまって。修理する場所っていうのも少なくなっている中で、こちらは私がお世話になっている銃砲店なんです。

薄井 僕らはこういう場所に中々来る機会ないしね・・・で、久仁子さん行かれますよね、猟に。定期的に…北海道ですか?

竹林 はい、北海道…それと長野と群馬にも行くことが多いです。

薄井 僕はいつも、久仁子さんのお店で美味しいジビエ料理をいただいていまして、うちの仙禽もお世話になっていますが、料理人の顔の久仁子さんしか知らないのですけど・・・今日は、新たな一面を見せてもらえる(笑)。で、改めて狩猟のお話しなのですが、日本の歴史っていうのは、遡るとどれくらいになるのですか。

竹林 日本は、弥生時代以降は農耕が中心の民族なので、狩猟の歴史はあっても生活の中心ではないのですよね。狩猟が色濃くあるっていうのは北海道のアイヌ文化かなと。

薄井 そうか。なるほど。

竹林 植物が育ちにくい地域では狩猟が不可欠になるから。「マタギ」という言葉をよく聞くと思うのですけど、マタギ=(イコール)ハンティング・狩猟ではないのですよね。狩猟をふまえた山にまつわる全てを生業としている人のことを言うのですよ。狩猟に特化しているのではなく、炭を焼くとか、植物も見分けられる、山菜も、キノコも見分けられ生業とする。そういった技術全般に精通していないと、マタギとは呼べないのですよね。

薄井 林業の元祖?

竹林 きこりも、マタギも山岳信仰の考えが影響してるので。女性はマタギになれない。

薄井 山岳信仰だから?

竹林 なぜ、女性はだめなのか? 私は狩猟を始めたとき、興味が湧いて色んな本を読んでみたけど、はっきりは書いてなかったです。一説には山は女性の神様と崇められ、女性が入ることを嫌い嫉妬するっていうふうに昔の人が考えていたとあり。

薄井 女性の神様か・・・

竹林 でも、それは思いやりだと思うんですよ。女性には体力がない。男女の差別ではなく区別というか。自分も狩猟の現場で実感します。例え100kgのシカを獲りました。どうやって1人で引っ張りますか? 男性には敵わないっていうのは凄く現場では感じます。力的にはね。そういった意味で、昔の人ってうまく区分けができていたというか。アイヌの資料だと、女性をハンティングに連れて行くのだけど、食事係として連れて行く。でも生理の時
には同行させない、山が汚れるからって表現をするのだけど。そうじゃなくて、女性の生理は子孫繁栄にとって大事なリズムだから休みが必要であると、ちゃんと自然を理解している考え方ではないかと、凄く素敵だなと思いました。

そもそも、ジビエは“食べる目的”で飼われた家畜とは違う

竹林 専門に特化したものって凄く重要じゃないですか。銃は、ハンティングするという目的以外に、狩猟の時は自分の身を守るものでもあり、凄く信頼関係がないといけない特殊な道具なんですよ。そういったものを常にメンテナンスしていただいている銃砲店っていうのは凄く大事な存在で、薄井さんにも是非見てもらいたかった。

薄井 凄いところですね・・・

竹林 ここにお呼びしたのも、私、以前、仙禽さんの酒蔵にお伺いしたときに、酒造りの仕事の道具を見せていただいた感動があって・・・そこには見たことがないものばかりが置いてあったんですよ。なんか樽の形一つにしても、これ何に使うんだろうみたいな・・・

薄井 うん、ここに来て凄くしっくりきました。久仁子さんのお店「ビートイート」でいただくジビエの料理、実際に久仁子さんがハンティングされていることは知っていましたが、ここに来て実感が湧きました。

竹林 「ビートイート」は6席だけのちっちゃなお店ですけど、その6席を1年間満たすジビエ料理の素材を集めるということが、私1人の力では到底できないんですよね。自分が撃ったものだけではなく、たくさんの経験のある先輩たちに助けてもらいながら、お店は支えられていて。植物もそうなのですけど、自然界のジビエって・・・私たちが食べる目的を持ってその命を作っているわけじゃないので、私たちが口にして美味しいと思うものと、美味しくないと思うもの、両方存在しています。

薄井 食べる目的で飼う家畜ではないのですものね。

竹林 家畜だったら美味しいを目的として環境を整えていくじゃないですか。でもそれが自然の子にはできないので、その中でどういったものが美味しいのかって逆算しなきゃいけないんですよ。命をいただくから、無駄にできない。どんな条件なら美味しいのかなっていうのを考えて獲ってあげないと・・・なので、やっぱり1人の力では難しいです。助けてもらいながらも、あの6席で回すのが精一杯ですね。

薄井 狩猟として、シーズンはいつになるのですか?

竹林 北海道は10月、本州は11月からがシーズンですね。

薄井 酒造りと一緒だ。

竹林 ですね。酒蔵は寒い時期は雑菌が入らないっていう意味合いがあると思うのですけど、狩猟解禁時期は繁殖期でもあり、狩猟は動物たちの生息頭数のコントロールの一部を担う必要もあって、また、登山者が少ない時期で安全の確保がしやすい、そういった色んな条件があるのがシーズンなんです。

薄井 普段、射撃のトレーニングはどのように?

竹林 狩猟免許を取れば誰でも山に行けるので、事前に練習をやる人とやらない人とそれぞれいます。ただ免許を取って、法律を文面上で勉強したとしても、実際、山に行ったら、本当に実銃を撃っていいのかとか、不安は凄くあります。私は当初、凄く経験を持たれた師匠と呼ぶ方に出会いました。この店とは別の、日本でも古い銃砲店の3代目で、その方に色々当初教わったんです。練習っていっても、実際に物を撃てる場所は限られていて、オリンピック競技にもなっているクレー射撃が練習方法になります、それができる射撃場が関東近郊にあるのですけど。

薄井 クレー射撃場ですか・・・

竹林 射撃場では、お皿を打つという、そのターゲットに対して間違いなく操作できるかをまずやります。狩猟に行って暴発だとか、誤って人を撃っちゃったっていう事故が起きてしまうっていうケースもゼロではないので。

薄井 安全第一ですからね。

竹林 まず、銃の取り扱いに慣れているかどうかが大事なんですよね。それと、狩猟は1人でできるものではないことも。1人でやる方もいらっしゃるのですけど、一番怖いのって滑落・遭難なんですよ。携帯の電波もないところなので。チームを組むっていうのは、安全面でもやらなきゃいけないことだと思います。だから仲間に怪我させないとか、信用してもらって、一緒に行動ができるようにするために、ある程度しっかり練習しておかないと。

薄井 慣れているかどうか、見てわかります?

竹林 持ち方とか構え方とかですぐ(笑)。例えば、おもちゃの銃を持つとしますね。ほぼほぼ8割方9割方皆さん無意識ですぐトリガー(引き金)にもう指が入ってますよ。

薄井 あ、入れますね。

竹林 実銃ではNGですよ。本当にターゲットを見つけて撃つ寸前の何秒前にしか入れないですね。そういった練習を日頃の射撃場でやるとか。だから映画とか刑事ドラマ見ると気になりますよ。もう役者さんによっては最初から引いちゃっていますからね。もう弾出てんじゃんみたいな(笑)。

薄井 なるほどね、そこは実銃触ってないとわからないですね。

竹林 所作がまだ身につかないうちは・・・狙って撃ちたいところを撃てるかとかいうのも、練習の成果が出ます。

自然の恵みをいただくために、自然とどう寄り添うか?

薄井 自然を相手にしているっていうところも酒造りと共通項が凄く多いですね。牛肉や豚肉をはじめ身近で売られている食品は、目的に適うように人間の力が介入して作られた商品ですからね。

竹林 安全と、美味しいことがその目的に求められますが、自然を相手にすると、その目的って、中々ストレートに果たせない。だから私たちはそれらと付き合うためにどうしたらいいのだろうって課題が凄く大きいですよね。多分、一樹さんがやられていることもそうだと思うのですけど。

薄井 僕たちは一次産業の農業、特にお米になりますけど、私たちの米作りは質の高い日本酒を造るためものです。ただ、日本酒を造るために品種改良を重ねて、ある意味人間の力が大きく大きく介入しているお米をみんな使っているのですよ。そういう意味では、自然に反しているという言い方はちょっと過激かもしれないけど、人間の都合のいいように作られたお米なのです。食べるお米もそうです。人が食して美味しいと思うもの。いつか遺伝子が変えられたりとか、交配することによって、新しい味覚を生んだりっていうのはね、これ人が自然にできることじゃないと思うのですよね。そして、本来のお米っていうものが、古代米と呼ばれるものがもう限りなく姿を消してしまっている・・・狩猟の場合は、そういうバランスってどうなのですか?自然の摂理と言うのもあるでしょうし。

竹林 県ごとに動物の情報というのは毎年更新されて、私たち狩猟免許を持っている者に狩猟前にお知らせが送られるのです。何県だと、今年はシカのオスが何頭でとか無制限だとか、その前年度のデータをもとに、そういった頭数の制限とか解除とか色々操作はあるのです。その中で、その自然界の動物に影響が出ないようにハンティングしましょうっていう形になっているんです。あとはさっきおっしゃられた、その古代米のお話じゃないのですけど、今私たちが獲っている自然にいる動物たちって、家畜化できなかったものたちで・・・お店でよく言われるのですけど「食べて美味しいなら、飼ったらいいじゃない」「増やしたらいいじゃん」って。でも、植物と違って動物は飼い慣らせないものがいる。予算面でもシカなんかは美味しく育つための環境を作ったら、肉の値段が高くなっちゃうとか現実的に飼い慣らせない動物なのです。

薄井 飼い慣らせて、価格的にも現実的で、美味しいっていうバランスをとっているのが、牛肉、豚肉、鶏肉、羊肉とかってことになるのかな。

竹林 おそらく、なりますね。

薄井 ジビエをもっと食べたいけど、そういうわけにいかないのですね。

竹林 人に飼われて「餌」という形で食物を与えられた時点で、もう彼らの意思で食べているわけではないので、家畜になる、でジビエとはまた違ったものになってくる。

薄井 この前、久仁子さんの店でいただいたクマ鍋は最高でした。

竹林 クマの肉は以前から日本酒で炊いていたのですが、いただいた仙禽で煮込んだので、特別贅沢な味だったと。

薄井 素敵なコラボができました。シーズンによって料理も変わりますよね。

竹林 そうですね。オープンしてからも、ちょっとずつ変わっているのですけど、自分が狩猟対象とする動物がシカ、イノシシ、クマだけ。鳥や小動物は銃の種類が違うとか猟場が違うとか猟法が違う、そういった都合もありますけど。やっぱり、醍醐味としてはクマですね。限られた条件のなかコンディションの良い熊を自然界から分けてもらうというか、自然からそれを出すっていうのが醍醐味で。やっぱりお肉の中で一番上質で品がある動物であって、その獲れた分しかお出しできないのですけど、それが一番の冬のメインにはなりますね。

薄井 最近、クマが人を襲うニュースをよく耳にしますが・・・

竹林 近年猛暑だから、やっぱり山の植物に偏りがあってなのか、それが本当の理由かどうかわからないのですけど、人前にね、クマが出てきちゃうんですよね。11月15日、本州の狩猟解禁が始まって、実際。先輩方がね、いつも通り山に入った時に「例年より太っている子と痩せている子との差が激しい」って言っていたのです。それでも出会えるケースはあるんだけど、今後は出産する体力まで繋がるかどうかわからないとか越冬する体力が残せるか、そういったバランスがちょっとずれるかもしれないねって、クマも今後ね、ほとんど日本では絶滅危惧種指定で…それはツキノワグマで本州に生息するクマなのですけど…。絶滅危惧種指定で獲らないでくださいという意見の方が大半なのですよ。その条件下でやっているので、本当に希少動物なんです。だから、やっぱり絶滅させてはいけない。そういった部分で本当にデリケートに付き合わなきゃいけない、私たちにとってもハンティング技術が凄く必要。唯一、殺されてしまうかもしれないっていう対象動物なので・・・

薄井 なるほど。本当に命がけなんですね。

竹林 そうなんです。自分たちも技術を試されるというか、クマを獲るっていうことは、狩猟技術を得ていく中では経験として凄く誇りに思うことというか、神々しいですよね。山の中で出会うクマって。シカ、イノシシもそうなのですけど、やっぱりクマにはもっと特殊なものを感じるというか・・・

薄井 やっぱりクマに一番思い入れがあるのですか。

竹林 クマは中々出会えないですよ。私もまだ数回しかない。もう9年やっていて数回しか出会えてないので、やっぱり憧れの存在です。

薄井 そんな憧れの存在のクマの住処や生態の環境が脅かされているのですよね。

竹林 私は生態系の専門家ではないですが、動物から恩恵を受けているジビエ料理という店舗を営んでいる人間です。ただ、自分または仲間が獲れる範囲でやるということがどれだけ動物界に影響があるかは、正直理解できてない部分もあるのですけど・・・確かに人と動物の距離や境目がなくなってきている。彼らにとっては、山の中だ、町の中だ、ここは人間のテリトリーだという意識も制限もないから。今年は特に夏が暑かった、植物の偏りがあった。その食べ物の偏りによって、もうちょっと範囲を広げて植物を探した結果、人がいるエリアになってしまったという。彼らに何も罪はなくて・・・人間もそうですよね。畑狭いから広げようか、みたいなね。それを理解した付き合い方ができないからそういう現象が起きてしまうっていうものもあるし。それをどう付き合うか、誰が考えるのか、私たちが考えるのか、国が考えるのか。課題ですよね。

薄井 それは人間の課題ですね。

中編に続く



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