死顔
人が死ぬところを見た。
別に壮絶な体験とか事件に巻き込まれたとかじゃなくて、1人の人間の死を見た。
病死だった。
大腸癌だった。
最後は肝機能不全で死んだ。そういう末路が多いらしい。
その人の最後は家だった。
病室ではなく、自宅療養とかいうやつ。
大きなベットが担ぎ込まれて、家は狭くなった。
点滴なんてなかった。
あの時は気づかなかったがもう最後だと分かっていたのかもしれない。
だから家に帰ってきたんだろう。
家の中で杖をついて。
ずっと家にいて何を考えていたんだろう。
その日は突然だった。
急に倒れた。
急にこけた。
必死で掴んだ。脇を必死で。
母をよべ。看護師さんをよべ。
叫ばれ続けた。
怖かった。
そこからほぼ寝たきりになった。
ベットから起き上がるのも必死だった。
そこからは早かった。
ベットから起き上がるのに失敗した。
2人がかりで支えた。
脇を必死で支えた。
顔がぐるんとこちらを向いた。
目がぐるんと回転した。
私と目があったが、私と目は合わなかった。
私よりも遠い後ろを見続けていた。
直感した。
死ぬ顔だと。
これが死ぬときの顔だと。
1日も経たなかった。
気づいたら寝ていた。
気づいたら死んでいた。
眠るように死んだ。
息をするように死んだ。
次に家に帰ってきた時は棺桶の中だった。
黄色い顔を隠すように。
黄色い手を隠すように。
私は人が死ぬところを見た。
それは生きるように死んでいった。