Senhiro
実際に起きたこと、架空の思い、真実を混ぜて物語を紡ぎます。随筆のような小説のようなものです。
手を動かして作った布、小物、ぼうし、洋服などをまとめました。オリジナルのものから参考にしたものまで。
日々撮った写真をまとめています。
イラスト描き溜めnoteです。
読んだ本の感想を書いていきます。
Guten Tag! 絶賛ドイツ語勉強中の千尋です。 今はB1を勉強しています。 今回は私のリスニング強化と会話フレーズ取得のための動画(コンテンツ)を紹介しようと思います。発音や会話フレーズ、リアクションを生の音で聴きたい!という思いからコンテンツ探しの旅が始まりました。もともと大のカートゥーン大好き人間。日本のアニメよりカートゥーンネット派でした。なので今回はアニメーション動画をご紹介します。ご紹介するアニメの元ネタは大抵アメリカです。 では張り切ってどうぞ。 P
屋根にぽつぽつと音がする。 その音はだんだん大きくなって、たたんたたんの音に変わる。その音のリズムは不規則で、強く屋根を打ち付ける時もあれば、弱く打ち付ける時もある。 雨が雨を足らしめるものはなんだろう。 降った雨は下水を通って、川に流れ、長い航海の果てに海につく。いろんな川の水は天高く吸いとられ、水蒸気となり雲となり、たくさんたくさん水を含んだならばまた雨となってうちの家の屋根に落ちてくる。 同じ雨。でもきっと違う雨。 今日降った雨と、明日降る雨はきっと違う。でも何
昔は人生50年。 それが少しずつ伸びて、人生100年。 なんてこった。 人生修行とはよくいったもので。とすると、修行する時間が伸びてしまった。いったいいくら徳を積めばよいんだ。 友と話して、あの発言はよくなかった。とか、話を遮ったのは失敗したとか。1人反省会は100才になるまで続くのか。はてしない旅だ。 負の感情が渦巻いたとき、人を見下してしまったとき、私は修行が足りないと思うようにしている。とすると人間完全体になるまでには程遠い。 物語の主人公はハッピーエンドかバ
だれかにどう見られるか考えて生きている自分がいる。一瞬でも。
乗った電車は乗客がまばらだった。昨今のご時世を気にしてか、乗客はまるで定められたかのように座席の端に座っている。その等間隔がずっと続く。 まるで鴨川のようだ。 私はふと思った。そういえば母が昔、鴨川のカップル等間隔法則を見ると卵を投げたい衝動に刈られたといってたっけ。 次の駅に着いても乗客は降りないし、乗ってこない。ほんの少し前とは変わってしまった。ある意味異世界のようなものかもしれない。 一定の間隔で異世界転生の小説やマンガ、アニメがの波がくる。この冬のアニメも異世
何者かになりたくて、小学校の将来の夢は職業をひねり出した。本当は一番なりたくなかった。 何者かになりたくて、中学校の部活は何があってもやめなかった。実際はやめることが怖かった。 何者かになりたくて、高校の進路は誉めてもらえそうな所を書いた。本当は失敗するのが嫌だった。 何者かになりたくて、大学で話すことを覚えた。自分自身を表現することを。 何者かになりたくて、大学を卒業した私は何者にもなれずさまよっている。 まるで変身して180度ガラッと世界が変わるような何者かに期
なんのことはない。ある晴れた日の午後。肌寒いが雪は降っていなかった。玄関の引き戸に手を掛ける。 ただいまあ。 よっこいしょと荷物を玄関先に置いたら、リビングに直行した。リビングでは祖母が大音量でドラマを見ていた。気付いていないようなので肩を叩く。 あぁ!びっくりした! ただいま。 軽くハグして、祖父を探しにいく。祖父を見つけて挨拶ができたところで一息つく。 12月28日の餅つきが終わった3日後に私は大阪を出てここ福井の祖父の家にいる。これから4日は泊まる予定だ。
夢。 夢見心地がいいと言えば嘘になる。二度寝したあとにみる夢は大抵奇妙だ。昔馴染みが出てきて、知らない人と共存する。と思えばなぜか罪悪感を感じる状況にいたり。夢の中でデジャヴを感じることもある。これ一回みたぞ。話の大筋一緒だぞって。 どうしても続きが気になる夢の途中で起きたときはもう一度寝る。するとその続きが見ることができる。ただ覚める前の夢と違って、自分の希望する展開の夢だけどね。一種の映画を観ている感覚に近い。映画代払わなくてすむし。どんな内容だったかは次に起きたとき
8枚はぎキャスケットcasquetteを作りました。 アメリカではnewsboy cap、 ドイツではBallonmützeって呼ばれるらしいですね。結構ボリューミーになりました。 モデルはおおとりさまです。
サメグチの仲間 アンコウグチ 表はセイタカアワダチソウ染め 裏は絹 知らないうちに周りにあるものが飲み込まれているかも。
表は綿のナス染め、裏は絹。 淡い鮫肌とは裏腹に持ち主以外の侵入を許しません。
大阪を出たいと思った。 今いる場所から遠く離れて、私のことを知らない所へ。携帯と財布をおいて。着の身着のまま漂うように。 気づくと仙台にいた。 海と島と観光客と勝景地。うみねこはどこかにいってしまった。古いものと商売の香りとマイナスイオン。葉は赤や黄に色ずきはじめ、ここに居続けるのは無理だと告げられた。 船に乗る。 水平線に向かう船は地球の裏側に吸い込まれそうな勢いだ。スクリューから出される水が海の静寂をかき乱していく。魚は跳ねない。代わりに船内アナウンスだけが高ら
人が死ぬところを見た。 別に壮絶な体験とか事件に巻き込まれたとかじゃなくて、1人の人間の死を見た。 病死だった。 大腸癌だった。 最後は肝機能不全で死んだ。そういう末路が多いらしい。 その人の最後は家だった。 病室ではなく、自宅療養とかいうやつ。 大きなベットが担ぎ込まれて、家は狭くなった。 点滴なんてなかった。 あの時は気づかなかったがもう最後だと分かっていたのかもしれない。 だから家に帰ってきたんだろう。 家の中で杖をついて。 ずっと家にいて何を考えていたんだろう
昨日私の家政夫ナギサさん(略称 わたナギ)の2時間スペシャルが放映された。先週の最終回の後もう終わってしまうのかと思った後の2時間スペシャル告知。どんなに飛び上がって喜んだことか。もう一度ナギサさんとメイに会える胸の高鳴りを抑え2時間ドラマに臨んだ。 2時間ドラマと言っても大半が今までの振り返りだったので新しいドラマは合わせて30分あればいい方だろう。そんな甘々新婚生活風のドラマだが、最終回を見たときも疑問に思ったことがあった。 敵の出てこない恋愛ドラマ最終的にメイとナギ