【連載小説】秘するが花 14
室町殿 3
父から愛された室町殿は、
人を動かす天才だった。
室町殿は、人が動く理由が、
三つしかないことを知っていた。
一、利益を得られるから。
二、罰を受けてしまうから。
三、己が美しいと思えるから。
室町殿は、
この三つの理由を駆使して人を動かした。
人を動かす室町殿の武器は、
「言葉」だった。
室町殿は
「相手の欲しい言葉」を
与えることができた。
人は、自分の欲しい言葉をくれる相手
を好ましく思う。
そして、人は、
好ましく思う相手の言葉を信じる。
自分のことを「美しい」と思える時が、
その人の幸福の時。
室町殿は、言葉の力を深く理解していた。
室町殿は、言葉を駆使して、
人を思いのままに動かした。
敵の数を減らし、
味方の数を増やすことを続けた。
そうすれば、
室町殿には「敵がいない」
ことになる。
そのためには、
敵を分断し、弱い方を叩くこと。
それを繰り返すこと。
そして、室町殿は、
必要な時に、必要な暴力を使う。
室町殿は、敵を弱体化することで、
相対的に自分の力を強化した。
武家については、家督相続に介入する。
相続人の一方の味方につくことで、
相続争いを起こさせる。
相続争いで、武家の武力は
分断され、弱体化する。
弱体化させれば、後は暴力で解決できる。
こうして、室町殿の武力は
相対的に高まり、
ついには絶対的なものとなる。
公家に対しては、
実際の暴力を使う必要はなかった。
公家はただ、脅しさえすればよかった。
室町殿は、
公家といういきものの扱いを
理解していった。
公家とは、ひたすらに暴力を、
血が流れることを恐れるいきものだ。
源氏の、いや、武家の象徴、
源八幡太郎義家。
後白河帝の梁塵秘抄に、
八幡太郎義家を歌う今様がある。
「鷲の棲む深山には
なべての鳥は棲むものか
同じ源氏と申せども
八幡太郎は恐ろしや」
血で血を洗う武士の中でも、
一族で殺し合う源氏。
その源氏の中でさえ、
八幡太郎義家とは恐怖の代名詞だ。
蝦夷と恐れられた北の者ども
をも従えた、東国の覇者。
東国で育った源氏は、
まさにモノノフそのものだ。
強いということは、
残虐非道を成すことができる、
ということだ。
暴力を振るうことを、
ためらわないということだ。
ともあれ、
八幡太郎義家こそが源頼朝公の、
つまりは、室町殿の祖なのだ。
八幡太郎までさかのぼらずとも、
平家物語のおかげで、
源氏が殺し合う一族であり、
敵に対しては情け容赦のないこと
を知らぬ者はいない。
なにより、足利の兄弟での殺し合いを
見た者どもは、今も生きている。
武士はやられたら、やり返す。
たとえ、敵わぬまでも、
必ず、やり返す。
泣き寝入りしては、
名誉を、面子を失うからだ。
武士が面子を失えば、
自身の財を守ることができなくなる。
たとえ、
自分が命を失ったとしても構わない。
武士としての強さを示しさえおけば良い。
そうすれば、
必ずや子孫に利することになる。
その武家の棟梁たる室町殿の脅し文句。
「いうことを聞け、
さもなくば、生涯を失うぞ」