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【連載小説】秘するが花 4

はざまの世 4

「色よりは 香は濃きものを 梅の花 
 隠れむものか 埋む白雪」

 青狐面が詠いました。
「雪を割って咲く赤い花といえば、紅梅」
 青の狐面は、わたくしに
 考える間を与えてくれません。
「しかし、胡蝶が紅梅を知ることはない。
 冬が胡蝶と紅梅とを分かつはず」
 赤の狐面が頭を振ります。
「いや。
 見たことのない紅梅を、
 一目なりとも見てみたい。
 そんな胡蝶のけなげな願い
 ではないのか」
「胡蝶か、人か。
 あるいは、紅梅か。
 前世の候補が増えましたね」
 
 その時、わたくしから声が出ます。
「あの紅梅と、一緒にいたいのです」
 驚きました。
 わたくしは、もう少しで
 何かを思い出しそうになっていました。

 夢の中では、
 魂の深層に眠るものが現れる
 といいます。
 白黒の世界で、
 ただ一輪咲くあの紅の花。
 それは、夢のような光景。
 わたくしは、
 未だに夢の中にいるのでしょうか。
 わたくしが、つぶやきます。
「あの紅梅は、
 思い出して欲しくて、
 夢に現れた」
 
 小さな沈黙の後、
 赤の狐面が言いました。
「お前と紅梅には、
 何かの物語があるということか?」
「もう一度、
 紅梅の処へ行かせてみましょう」
 青狐面が赤狐面に言いました。
「ならば、是非もなし」
 赤狐面がうなずきます。
「白い雪には黒い翅。
 それならば、見分けがつくでしょう」
 青狐面は再び「あの舞」を、
 はらりと舞いました。
 そう、あれは、たしかに
 「あの男」の舞。
 時を忘れるような。
 時の間をゆくような。
 
 わたくしは、息をのみました。
 
 小窓の向こうには、夜が来ていました。
 
 その黒い夜を飛ぶ、黒い揚羽蝶。
 あれが、今度のわたくしの姿。
 黒い蝶は、
 夜の闇の中では、見えません。
 いいえ、
 この闇夜では紅梅も見つけられません。
 それでも
 黒揚羽は、漆黒の闇夜を飛びます。
 まっしぐらに飛びます。
 まるで黒揚羽には、
 紅梅の居場所がわかっているか
 のようでした。
 暗闇にたなびいてきたのは、
 甘い香り。
「春の夜の闇はあやなし梅の花 
 色こそ見えね 香やはかくるる」

 紅梅の香りに導かれて、
 黒揚羽は一直線に飛びました。
 黒揚羽は紅梅に近づくと、
 その周囲ではたはたと舞い回ります。
 
 やがて黒揚羽と紅梅は、
 漆黒の闇の中に、
 一緒に溶けてしまいました。
 
 そこで、
 わたくしは、夢から醒めました。

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