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【連載小説】秘するが花 10

藤若 5

 ならば、どの幽霊にする。
 幽玄な、
 優美で、
 気品があり、
 やさしい霊。
 男が良い。
 ああ、武士が良い。

 武士に怨霊なし、という。
 現世の怨みは、現世で晴らす。
 それが、武士という生き物。
 だからこそ、
 武士は亡霊にはなっても、
 怨霊となり、祟る事はない。
 武士ならば、怨霊になることを、
 観客が心配することもない。
 哀しく死んだ武士の幽霊。
 できれば、美少年。

 そうだ、平家の公達が良い。
 今より二百年も前に、
 敗れた者たちの鎮魂歌。
 西海に沈んだ平家の公達。
 その哀れさは、万人の知るところ。
 琵琶法師の語りで、
 文字の読めない大衆も、
 平家の公達を知っている。
 しかし、
 それでも、
 幽霊を恐れる者が
 いるやもしれぬ。
 さらなる工夫が必要だ。
 そう、
 舞台上で、
 幽霊が無念を語る相手を、
 僧侶にしよう。
 盲目の法師が
 平家物語を語るからこそ、
 怨霊の祟りをうけない
 のだから。
 旅の僧を相手に、
 無念を語り、
 成仏してゆく美少年の幽霊。
 舞台で能面をつけるのは、
 幽霊役の役者のみにする。
 観客は、能面の役者を見て、
 一目で異形の者だとわかる。
 幽霊が登場するのは、
 僧の夢の中。
 夢の中の出来事。
 
 観客は、僧と同じ夢をみる。
 幽霊は
 「現在」では死者ではあるが、
 「過去」には生者であった。
 僧や観客は、
 死者と邂逅するのではなく、
「過去」という時空に行く。
 そして、
「その時」を生きている生者
 と出会い、
「その時」を共に生きる。
 そして、
 「過去」からみた「未来」
 である「現在」に帰ってくるのだ。

 夢の中で。

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