患者の意思決定を支援する「俯瞰型」リーフレットの制作
東海大学デザイン学課程の仙田です。
卒業研究で、医療分野におけるデザインの実践を行いました。
そこでやってみてわかったことについて記してみたいと思います。
みなさん、病院でお医者さんに治療の説明をされる時って、話がよく分からなくても、なんとなくとりあえず頷いてしまうことってありませんでしたか?(僕はそうでした)
しかし本来は患者がきちんと説明内容を理解して、自分の意思で同意することが求められているはずです。
そこで僕は、患者が自ら治療や検査の判断ができるように、医師がわかりやすく検査説明をするために使うリーフレット、「Imap(アイマップ)」を制作しました。
研究の概要文はこんな感じです。↓
以下では、本研究の背景、制作物、過程、考察についてさらに詳しく記します。
(解像度が落ちてしまっている画像については、末尾に高解像度で閲覧できるリンクを記載しましたのでそちらをご参照ください)
1.なぜデザインしたのか:研究の背景
【同意のデザイン】
みなさんは、「同意」と言われて何を思い浮かべますか?
紙の契約書を思い浮かべる方が多いかもしれませんが、近年はアプリケーションの利用規約のような、手軽なものも増えています。
紙の契約書でも言えることですが、ことさらにアプリの利用規約などは、内容にしっかり目を通さずに同意ボタンを押していることもあるのではないでしょうか。
同意とは、同意させる側と利用者の双方がその内容を理解し、納得することで成立するものです。
しかし、同意させる側が後から利用者(相手)に文句を言われたり、訴訟されたりされない為のリスクヘッジで用いられている側面もあります。
そのため、同意させる側が同意内容を利用者にきちんと理解させる仕組みが施されていないことが多いのではないでしょうか。
【医療で求められる同意のかたち】
特に医療現場での同意は命に関わる非常に重要なものです。手術や検査の前に同意書を書いたことがある方もいるはずです。
そんな医療現場では、医師からのきちんとした説明と、患者が内容を明確に理解した上での同意(インフォームドコンセント)が求められています。
しかしそれは、医師からの一方的な情報開示で、積極的に患者が同意を表明することを要求するものという見方があります。
そこで、医師自身が患者の理想的な治療の過程や、背景、価値観を理解し、その患者にとって最適な選択肢を提示すること(Shared Decision Making)が概念として提案されています。しかし、学術的に提唱されているものの、経験的実証の報告例が少ないのが現状です。
【遺伝学的検査の説明の現状】
遺伝学的検査とは、患者のDNA情報を調べることによって、患者とその家族の病気の推移や治療法の予測ができる検査です。
東海大学医学部付属病院遺伝子診療科では、遺伝性難聴(遺伝子の不具合による難聴)の疑いがある患者に対して遺伝学的検査を行なっています。
簡単に説明すると、自分自身や、将来生まれてくる子供が難聴になる確率がわかる検査です。
遺伝差別などの倫理的な問題も孕んでおり、一概に「受けた方が良い」と言えない検査です。
そのため、患者自身が検査についてよく理解することがとても重要になります。
そのため、遺伝子診療科では、医師が約1時間かけて丁寧に検査の説明をしています。
しかし、医師から一方的に情報提供をする時間になっており、患者は受け身で話を聞くばかりになってしまっています。
その際に医師が自作した紙芝居型の資料を用いているのですが、その資料は分かりやすいとは言い難いもので、医師自身もその資料に満足していないのが現状でした。
2.なにをデザインしたのか:制作物
【概要】
遺伝子診療科の医師の監修のもと、既存の資料のイラストを全て描き直し、説明内容をすべて俯瞰できる一枚絵にまとめたリーフレット「Imap」を制作しました。このリーフレットはB2サイズで、医師が難聴患者に検査の説明をするときに使用します。
Imapには、遺伝学的検査の概要や難聴の仕組み、メリットと注意点、検査の流れについてイラストをベースに記載しています。
従来の資料と違い、説明の内容が見開きで俯瞰できるように記載されており、医師と患者は常に説明全体を目視しながら説明を進めることができることが特徴です。
また、折りたたんだ表側には、検査の同意書の文面がイラストとともに記載されています。
【使い方】
1.広げる
看護師がImapの裏面を広げます。
説明内容がイラストをベースに一枚絵になっており、医師と患者は、全体像を俯瞰することができます。そして、患者は説明の全体量を把握することができるので、終了までの残りの説明量を想定しながら説明を聞くことができます。
2.説明する
医師が説明箇所のイラストを指差しながら説明を始めます。
医師はイラストを指し示すことで患者がどこに目を向ければいいかを示すことができます。
また、説明が一枚絵になっているため、話の内容が前後する時に、患者は常に振り返りながら説明を聞くことができます。
3.書き込む
医師の説明を聞きながら、患者は直接Imapにメモを書くことができます。
また、医師も患者に合わせて、強調したい説明、補足する説明についてその場で書き込むことで、その患者に即した説明ができます。
これまでは患者がメモを書くことができる資料などはありませんでした。
4.持ち帰る
表側を用いて同意書の説明をした後、患者はImapを持ち帰ることができます。
遺伝子の不具合は親から子に遺伝する可能性があるため、遺伝学的検査の結果は、家族や親戚にも関わる重要な情報です。
他者に検査の内容を明確に伝える時に活用することができます。
3.どうデザインしたのか:研究過程
【医師との関係構築】 2019.4.23~
研究室の先生を通じて、東海大学医学部付属病院の臨床遺伝専門医、大貫優子先生と、同院の看護師、森屋宏美先生とお会いしました。
そして卒業研究のテーマである、医療における同意のデザインに協力していただけることになりました。
以後、約1ヶ月に1回遺伝子診療科を訪れ進捗報告や相談、検証を繰り返し、研究を進めました。
【患者の体験の可視化】 2019.6.27~
臨床における医師と患者の体験のリサーチを目的として、検査の説明のデモンストレーションを行いました。
僕と友人が難聴患者になりきり、医師と看護師に実際の臨床と同じ約1時間の説明をしてもらい、映像で記録しました。
それを参考に患者が遺伝学的検査を受けるまでの流れや、患者の感情を細かく可視化した、「クライエントジャーニーマップ」を作成しました。
それをもとに医師と課題の分析を行い、「患者は基本的にただ座って話を聞いているだけの状態で、集中力が保てない」などが患者の負荷になっていることが想定できました。
【プロトタイピング】 2019.9.12~
医師が検査の説明の際に使用していた資料をリデザインすることで、患者が説明を積極的に聞く姿勢を作り、理解を深めることを目指して制作を開始しました。
イラストを用いた紙芝居型の資料と、検査の流れを可視化したシート、人形や質問カードを作成しました。
患者が人形を触って動かすことで能動的な姿勢を生み出し、「よくある質問」が記されたカードを使うことで「そもそも何が分からないか分からない」問題の解消を狙いました。
しかし、このプロトタイプは「実際の診療で患者が使ってくれなそう」という話になり、別の手段を模索することに。
【制作・検証】 ~2019.12.12
制作が思うように進まず、暗礁に乗り上げていました。
そんな時、先生の助言で「自分自身が検査の説明してみる」ことに挑戦してみました。
これまで僕は、「今の」医師、看護師にとって使いやすいものを模索していました。
医療従事者が「こういうのだったら使えるかも!」と意見をもらったら、それに応えるものを作っていました。
無意識のうちに下請けのようなマインドで制作に取り組んでいたのかもしれません。
しかし、今より使いやすいツールを作るには、医師がまだ見ぬものを作らなくてはいけない。
学生といえどデザインに関しては自分の方がプロなんだという意識を持たないと新しいものは作れない!と考えを改めることができました。
そして、自分でプロタイプや既存の資料を用いて検査の説明を繰り返し行った時、既存資料の「紙芝居のようにめくること」への不便さを感じました。
そこで僕が普段、他者に説明するときに実践している、ビジュアルファシリテーションが応用できないかと考えました。
ビジュアルファシリテーションとはリアルタイムで対話の内容を書き出していく手法のこと。
最終的に対話の内容が一枚絵で書き出されるという一面があります。
その利点を用いて既存資料の説明内容を一覧し、俯瞰できる大きな一枚絵の資料を制作し、Imap(アイマップ)と命名しました。
そして、Imapを用いて実際に医師と看護師に検査の説明を行ってもらい、その様子を観察。さらに既存の資料との使用感の差などについてインタビューを行いました。
4.なにに気づいたのか:考察
実際に診察に使われる部屋で、僕に対して医師と看護師にImapを用いた検査の説明をしてもらい、その様子を記録、その後インタビューを行いました。(以下一部抜粋)
Imapを用いた経験的検証で興味深いと感じたのは、医師の説明の手順です。
従来は紙芝居の内容を一枚ずつ丁寧に説明していましたが、Imapの時はまず全体をテンポよく説明した後、「今日の説明で気になったところはありますか?」という質問をし、患者が希望した項目について深掘りしていきました。
また、医師はインタビューで「Imapは説明の全体が見えるから、話のダブりがなくなり(説明の)時間が短くなる」と述べています。
医師は、今まで検査の説明をする時に話が重複していたことを自覚していたのですが、それを修正できていなかったようです。
それは紙芝居の特性上、1ページに表示されている情報はほんの一部であり、残りの情報は隠れてしまい、それを考慮した説明ができていなかったからなのでないかと考えます。
スライド的な紙芝居から一枚絵になったことで、常に自分が話さなくてはならない全体量が目に入るようになり、「1つの項目について話しすぎてしまう」ことを減らすことができるのではないでしょうか。
一度に表示する情報を限定してしまうことで、逆にコミュニケーションが窮屈になってしまっている現象は他の領域でも起きていると思います。
パワーポイントなど、スライドを用いた説明は、一度に見せる情報量を減らすことができ、話し手が設計したストーリーで説明をするときには使いやすいでしょう。
しかし、作り手が決めた流れで淡々と進められる話し方では、聞き手がそこに介入する余地が少なくなってしまいます(もちろん時と場合によりますが)
契約書や同意書においても同じように、決められた条文が羅列された書面を読み上げるだけの説明では、聞き手が関わっていく機会を生み出せません。
また、聞き手が多様であるのにも関わらず、同じフォーマット通りの説明では聞きの個別性にに合わせるのにも限界があるはずです。
契約書や同意書にも聞き手が介入できる「余白」を残し、聞き手に合わせた説明ができる必要があるのではないでしょうか。
5.あとがき
クライエントジャーニーマップなどの画像を高画質でご覧になりたい方はこちらのサイトをご覧ください。
指導教員の富田先生の記事です↓
今年の卒研で目指していたものや、僕以外のゼミのメンバーの研究についても触れられています(めっちゃめちゃ面白いですので、是非読んでいただきたいです)
最後に、僕の卒業研究に関わってくださった、森谷先生、大貫先生をはじめとする東海大学医学部付属病院遺伝子診療科の皆さま、アドバイスをくださった他大学の教授の方々、そして富田先生、富田ゼミのみなさま、本当にありがとうございました。