マサラ先輩 (Part 1/2)
大学に入学したての頃、特にやりたいこともなかった僕は勧誘されるがままに小さなバスケットボールサークルに入った。人数は十人くらいで全員が友達といった雰囲気の良いサークルだった。
そこで雅夫先輩という人に出会った。彼は三年生で先輩たちの中ではあまり目立つ方ではなかったが、いつもニコニコしている人だ。そして雅夫先輩は周囲の人からマサラ、二年生からもマサラ先輩と親しげに呼ばれていた。
雅夫先輩はカレーが好きで、名前と字面が似ていることからきっとその名が付いたのだろう。新歓では特に雅夫先輩の人となりを知ることなく終わってしまったが、あだ名については容易に想像が出来たので、敢えて誰にも由来を聞いていなかった。
僕は言葉を交わしたこともないのに心の中では既にマサラ先輩と呼んでいた。
サークルに入って二週間が経ち、僕はマサラ先輩と偶然二人きりになり、ついに話しかけられた。
「竹田くん、で合ってる?下の名前は?」
とても朗らかな声と笑顔だ。
「あ、はい。敦史です」
「おっけー、敦史ね。そういや俺と話すの初めてだよな」
「そうですね。僕はあんまり自分から話しかけることが苦手でして」
「ああ、おっけーおっけー、俺も一年の時は全然人に声かけられなかったから、分かる。てか今夜暇?」
マサラ先輩とは話す前から明るくて優しい先輩という風なイメージを持っていてそれは実際に今も変わらない。ただちょっとだけ早口で声のトーンが時折うわずったような高さに聞こえることがあった。
「今日ですか?大丈夫です」
相手が先輩であるということと、口調の勢いもあり僕は了承した。暇なのは合っていたし。
「じゃあ今日は家に来て、泊まりな!俺、一人暮らしだから親とか気まずいこともないぞ」
「マサラ先輩の家に行っていいんですか?あ」
これはやらかした。つい心の呼称が咄嗟に口に出てしまい、親とか関係なく早速気まずくなった。
僕が俯くと、すかさずマサラ先輩の笑い声が聞こえた。
「やっぱりその名前は広まるの早いなぁ。ちょうど今日カレー食おうと思ってんだけど、カレー好き?」
「はい!好きです!」
カレーも、優しいマサラ先輩もだ。
「じゃあ、食材とかはこの後買い足しに行ったり部屋片したりあるから、敦史はどっかで時間潰しててよ」
「僕も、良ければ一緒に行きます」
「いや、いいよ。俺原付乗ってきてるし、ちょっと離れたスーパーで安く買おうと思ってて、だからまた連絡するわ」
マサラ先輩がその時ポケットから出して見せてくれたバイクのキーには、テレビCMでお馴染みのカレールウの箱のミニチュアストラップが繋がっていた。
別れ際にマサラ先輩とメッセージアプリの連絡先を交換した。マサラ先輩は『マサラ』という名前を使っていた。
このあだ名は満更でもないらしい。