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五条天神宮〜日本最古の宝船図考11〜番外編:ひさご

 五条天神宮の宝船図の古代文字を、カタカムナ 的に

射精(テ・イ)から性交(ヨ)、妊娠(クヘ)、胎児の成長と出産(リホミヰ)

 と仮に読み解いてみましたが。
 (注:これは山口志道の言霊学に基づいたカタカムナを勉強中の千場が現段階で解釈しているものです)

 1つの問いを置いてけぼりにしていることに気づきました(笑)。

船に乗って来たのは王の生まれ変わりであり、翁であり、猿楽という芸能の創始者。
 また、出雲建国の礎を築いた智慧ある種神であり、大漁と商売繁盛のまつろわぬ神であり、実在する人間存在でありながら、失意と絶望ののち、荒ぶる神となり、いつしか御神徳の高い神霊となって厚く信仰される御霊。
そうした存在が乗る、船・舟・舩。フネとは一体、なんなのでしょう?

五条天神宮〜日本最古の宝船図考6〜少彦名とえびすと天神②

 そう、そうした存在が乗る、船・舟・舩。フネとは一体、なんなのでしょう?

偉大な人物になるには、船で流されなければならない?
 船が「カガミ」で「ウツホ」で「靭」でマルチョンの「○」で「胞衣」であることは繰り返しお伝えしていますが、なぜ、船に乗るのはある種の英雄であったり、大傑物なのか。
 御伽噺においても、桃太郎や一寸法師といった英雄たちにも船の存在は必要不可欠です。民俗学において、うつぼ舟(うつほ舟・虚舟・うつろ舟)伝説は、ある種の神格化の形成のために必要な物語の原型だと考えられています。

 民俗学者の柳田國男は、うつぼ舟についてこのように書いています。

我々の神は日本種族の特性を反映して、頗る移動を愛し又分靈を希望せられた。然るに空洞ある天然の樹木は固よりこれを動かすことを得ぬ故に、一方にはその神聖なる一枝を折つて、行く先々の地に挿すと云ふ風が行はれたらしいが、それだけでは賴り無い場合が多くて、別に色々のウツボといふものが用ゐられた。八幡太郞の發明などゝ稱する箭の容器の靱(うつぼ)の如きも、最初は旅行用の魂筥あつたかと思ふが、それよりも普通であつたのは、やはり天然の瓠(ひさご)であつたえらうと思ふ。その外貌までが幾分か人に似て、堅固で身輕で沈まず損はれぬ故に、何れの民族でも所謂「たましひの入れ物」として、承認せられることが出來たのである。
 但し空穗舟の多くの口碑に於ては、乘客は神に最も近いといふのみで半ば人間であつたから、瓠の中に入つて泛び來る(うかびくる)わけには行かなかつた。昔は神代史の少彦名神を始めとして、玉蟲のような御形で箱の偶に居られたと云ふ倭姫命、あるいは赫夜姫、瓜子姫子、さては御伽噺になつてしまつた一寸法師等、日本の小千(ちひさこ)思想は徹底したものであつたが、神々の人間味、卽ち御仕へ申す家々との、血筋の關係を説く風が盛になつてからは、もつと舟らしいものを必要とするに至り、しかも空洞木の利用に始まつたかと思ふ獨木舟が、追々に稀に見るものとなつてしまふと、各人遺傳の想像力を應用して、終に享和年間に常陸の濱へ漂著したやうな、筋鐵入りの硝子張りの、何か蓋物(ふたもの)みたやうな船が出來上り、おまけに世界どこにも無い文字などを書いて、終に馬脚を露すのであるが、しかも尚奇妙千萬にも其船の中には、依然として遠い國の王女らしい若い女性が乘り込ませてあつたのである。

柳田国男『うつぼ船の話』

 要するに、元々は小さな箱や靭(うつぼ)のようなもの、ひさご、つまり瓢箪のようなものが「魂の入れ物」としてあった、と。
 うつぼ船に乗る人は、神に最も近いとはいえ、人間だったから、船らしい形に変わっていき…最終的には、まるで宇宙船や潜水艇のような蓋のついた乗り物に、遠い国の王女のような若い女性が乗り込ませてあった、と書かれています。

「その外貌までが幾分か人に似て」とある。確かに!

 また、折口信夫はこう書いています。

日本の神々の話には、中には大きな神出現する話もないではないが、其よりも小さい神出現に就いて、解かれたものの方が多い。此らの神々は、大抵ものの中に這入って来る。其容れ物がうつぼ舟である。ひさごのやうに、人工的につめをしたものでなく、中がうつろになつたものである。此に蓋があると考へたのは、後世の事である。書物で見られるもので、此代表的な神は、すくなひこなである。此神は、適切にたまと言ふものを思はす。即、おほくにぬしの外来魂の名が、此すくなひこなの形で示されたものだとも見られる。此神は、かがみの舟に乗つて来た。ささぎの皮衣を着て来たともあり、ひとり虫の衣を着て来たともあり、鵝或は蛾の字が宛てられて居る。かがみはぱんやの実だとも言はれるが、とにかく、中のうつろなものに乗ってきたのであらう。○て柳田国男先生は、彼荒い海中を乗り切つて来た神であるから、恐らく潜航艇のやうなものを想像したのだらうと言はれた。
 かやうに昔の人は、他界から来て此世の姿になるまでの間は、何ものかの中に這入っていなければならぬと考へた。そして其容れ物に、うつぼ舟・たまご・ひさごなどを考へたのである。

折口信夫『霊魂の話』

 かやうに昔の人は、他界から来て此世の姿になるまでの間は、何ものかの中に這入っていなければならぬと考へた。そして其容れ物に、うつぼ舟・たまご・ひさご(瓢箪)などを考へたのである。

 とあります。

 これまで記してきたような、海や船は女性、胞衣、生殖にまつわる“胎生学的“解釈と同時に、うつぼ船とは魂の入れ物であり、生まれ変わり・再生を意味する装置と読みとるならば、これまでに触れてきた、少彦名命、えびす、天神さん、秦河勝といった存在にいずれも当てはまるように思います。

 子供の頃、親に「お前は橋の下で拾ってきたんだよ」というお決まりの文句を言われたものですが(笑)、それが「うつぼ船」伝説に依るものだという説もあります。うつぼ船は、神話や歴史や名を残す人物においてのみ符合する話ではなく、子どもが健康で、幸運に恵まれ、豊かな人生を送ることができるように願う気持ちに結びついて、ある種の祈りの装置のように存在しているのかもしれません。

天神さまの不思議
 ところで、天神さまを祀る北野天満宮には七不思議があるというのをご存知でしょうか? その中に「星欠けの三光門」があります。

御本殿前の中門は三光門と呼ばれ、神秘的な「星欠けの三光門」伝説が残っています。それは、門の名は日・月・星の彫刻に由来しているけれども星は天上に輝く北極星のことで、実際には刻まれていないという説。平安時代、御所は現在の場所とは異なり当宮を北西に臨む千本丸太町に位置し、帝が当宮に向かってお祈りをされる際、三光門の真上に北極星が輝いていたからだと伝えられています。

北野天満宮ホームページ「天神さまの不思議」
上から、日と月ですね。あるはずの星がない、と。

 天神さまは、神代においては宇宙の中心を司り、宇宙を主宰する始源、初発の神・天之御中主だったという説があります。天神さまと妙見信仰(北極星=天之御中主)は実際、深い関係があります。
 そう考えるならば、私などは「そりゃあ星は欠けるでしょう」と思ってしまうのです。だって、門の先には、北極星の化身、天神さまが祀られているのだから。
 だってこの門のありようそのものが、

 ではないかと。

「ひょうたんからコメ!」で思いのまま
 さて、これをアップしている本日は2025年2月2日節分です。もちろん、五条天神宮にもお参りに行きたいところですが、節分の京都は、吉田神社、廬山寺、壬生寺、須賀神社…etc. 絞りきれないほど見どころ満載です。
 でも、ここではあえて天神さんを推したいですね。13時には「北野追儺狂言」と呼ばれるひょうたんの神が主人公の狂言が披露されます。
 そしてぜひ、期間限定の縁起物・招福梅の枝「思いのまま」をゲットしましょう! 天満大自在天たる天神様のご利益をきっと得られるでしょう。

巫女さんの手で作られているそうな。名前がいいよね「思いのまま」


瓢箪よりコメっ! てか!

  そのひょうたんの中には、ご丁寧に玄米まで入っておりますよ❗️
  その理由は…ここまで読んでくださったあなたならわかりますよね❓

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