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文舵、練習問題⑨〈問二:赤の他人になりきる〉

問2:赤の他人になりきる
 四〇〇〜一二〇〇文字の語りで、少なくとも二名の人物と何かしらの活動や出来事が関わってくるシーンをひとつ執筆すること。
 視点人物はひとり、出来事の関係者となる人物で、使うのは一人称・三人称限定視点のどちらでも可。登場人物の思考と感覚をその人物自身の言葉で読者に伝えること。
 視点人物は(実在・架空問わず)、自分の好みでない人物、意見の異なる人物、嫌悪する人物、自分とまったく異なる感覚の人物のいずれかであること。

 来るんじゃなかった、俺はなんて馬鹿なんだ。隆の奴から昔のバンド仲間だけでわいわいやろうって誘われて、つい楽しそうだなあなんて思っちまった。二人ともエラい変わりようだ。さっきから選挙の話をしている。
「なあ、宇都宮健児なんて止めとけって、どうせ受かりっこないんだから」そう言って隆が身を乗り出すと、「じゃあ、お前はどうするんだよ?」と浩二が訊く。「そりゃ小池百合子一本だろ」と言って隆は笑った。途端に浩二は顔をしかめる。「お前マジで小池に任せて大丈夫だと思ってる? あいつ選挙対策しか考えてねぇーじゃん。コロナ対策なんかどーでもいいんだよ。毎日テレビで顔見る度にムカムカするぜ」
 昔は二人とも音楽と女のことしか頭になかったのにご立派なこった。茶髪の長髪も黒髪の短髪になってるし、着てる服もビジネスカジュアルっていうのか? えらい高そうだ。たんまりもらってんだろうなあ。いい大学出てんもんな、当然だよな。高卒の俺とは雲泥の差だ。しかもやっと内定がとれたと思ったらブラック企業だしよ。二人はいいよなあ、ソニーに日立、バラ色の人生か。そりゃ選ぶ候補もお上品になるわけだぜ。
「おい、元太は誰に入れるんだ」
 急に言われて驚いたが、とっさに答えた。「桜井誠」
「はっ? お前なに言ってんの」浩二が俺を睨みつける。「あいつがどれほどのクソ野郎かわかってんのか? 外国人を人とも思ってない奴だぞ。あんなクソ野郎なんか――」
「ヘイトスピーチだろ? そんなもん俺にはかんけーねぇーし。外国人に生活保護やってる方が問題だろ」
「お前よくもそんな。恥ずかしくないのかよ。おいっ、隆からも言えよ」
「元太、お前が本当に桜井に入れるなら、付き合うの止めるわ。外人だから生活保護を認めないなんて、人種差別じゃないか」
「ああ、やっぱり大企業に勤めてらっしゃる方々はいうことが違いますねぇー。言葉の端々から余裕が感じられる」そこまで口にすると俺は怒鳴った。「人類みな兄弟ってか! 俺はテメェーらとちげぇーから! ごめんねぇー、余裕がなくて! 外人を救う金があるなら俺にくれっての!」言葉を切っても、隆と浩二は黙って俺を見ている。ぼけっとした間抜け面で。「おいっ、なんか言えよ、エリート君たち。宇都宮と小池がおすすめなんだろ? どうぞ俺を説得してくれ」
 二人は黙ったままだ。俺は立ち上がって、右後ろのポケットから財布を出した。中身を見る。二千円しか入っていない。お金をおろし忘れた。ここはいくらなんだろう? とても二千円では足りそうにない。五千円以上しそうだ。どうしよう? 冷や汗が出てくる。俺は一体どうすれば?
「金ないのか? いいよいいよ、ここは俺と隆で払うから」顔を上げると二人ともニコニコしている。俺の反応を待ったのか二人は黙ったが、少しして浩二が口を開いた。「そのかし隆と俺がクソ野郎っていうのは撤回しろ。それと、桜井には入れないって誓え」
 俺は奥歯を噛み締めた。下唇を前歯で軽く噛み、ふぅーっと息を吐き出す。
「どうした余裕がないと言葉も話せないのか」隆がニヤケ顔で言う。
「クソ野郎なんて言って悪かった」そう言って俺は頭を下げた。その姿勢のまま続ける。「桜井には入れません」
「よしっ、顔を上げろよブラザー」と浩二が言い、「座れよ、飲み直そう」と隆が続いた。
 俺は頭を上げると、二人に背を向け出口に向かった。胸のなかでは二人を呪う言葉が渦巻く。ソニーがなんだ。日立がなんだ。無理やり人の意見を変えさせるのは人権侵害じゃないか? 偽善者どもめ。クソ偽善者が。絶対桜井に入れる。そうだ、絶対桜井に入れてやる。声に出してみた。絶対桜井に入れる。胸がスカッとする。俺は繰り返した。絶対桜井に入れる。絶対桜井に入れる。絶対桜井誠を都知事にする!

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