私的推薦盤~Richard Bona『Munia / The Tale』
世界的なベーシストの名前を挙げたらどんどん挙げられてしまうわけだけれども、その中に入れ忘れることがまずないのがこのRichard Bonaである。派手なプレイというよりは、じっくり聴くとそのすごさに舌を巻いてしまうというプレイスタイルは、世界のトップミュージシャンに愛される存在であるというのには異論はさほどないのではなかろうか。今回は彼の三枚目のアルバムである『Munia / The Tale』(2003)を紹介したい。
そもそも私がBonaと出会ったのは、ホント偶然なのである。今ではもう購読していないけれど、かつて『Bass Magazine』を購読してベースを中心とした音楽事情をキャッチしていた時期がある。その雑誌ではベーシストの新譜が毎月紹介されていて、そこにBonaのアルバムがあったわけだ。だが実をいうと、私は一つ勘違いをしていた。そこに乗っていたVictor Baileyの『That's Right』(2001)を買うつもりでCD屋へと行ったのだ。だがCD屋で私は間違えてしまった。私が購入したのはBonaの『Reverence』(2001)だった。そう、その二つは同じ誌面で紹介されていたのである。記事としてはVictorの方に興味を持ったわけだが、ジャケットとして私の頭に刷り込まれたのはBonaの方だったわけだ。だからCD屋に行った時、私はジャケットだけを見て買ってしまったため、間違いが起こったのである。
帰宅して再生してみたら、違和感がある。ホント、すごい違和感。「なんじゃこりゃ?」って感じ。「なんじゃこりゃ?」は失礼かもしれないが、それまでの私の経験にない音楽だったのだ。まず言葉がまるでわからない。「何語?」である。しかもベースの音を聴きたいのに、ベースがあまり出てこない(無いわけじゃないけど、全然強く主張してこない)のである。「フュージョンだったんじゃなかったっけ……」と思ったし、そもそも言葉にしたって「あれ?Victorってアメリカ人じゃねぇの?」と思ったわけだが、別にアメリカ人が英語で歌わなければいけないということはない。しかしそれにしたってさぁ……。だいたい歌詞カードがすごい。歌詞じゃない。要約なのだ。「だいたいこんなこと歌ってます」という感じなのだ。これはおかしいと思い、もう一度雑誌を引っ張り出してみた。うん、間違った。やらかした。
ただ、せっかく買ったわけだし、よく聴いてみなくてはと思い、何度も聴いてみた。映画評論家の故・淀川長治が「良さを一つでも見つけるために何度でも見る」と言っていたことを思い出した。だが聴けば聴くほど迷路にはまりそうな思いだった。
調べてみると、カメルーン出身のBonaは、ソロアルバムでは自身のアイデンティティーを追求するのだそうで、それでカメルーンで使われる「ドゥアラ語」で歌うのだそうだ。そりゃぁわかんねぇわ。だけど何度も聴いていると、これがちょっと心地よくなってきた。「うん、悪くない」と思えるようになってきたころには、Bonaの声の美しさになんとも魅了されていたのである。
そうなると、当時『Reverence』はセカンドアルバムだったので、ファーストアルバムも聴いてみた方がいいと思うようになるわけで、それも聴いてみた。
日本版のボーナストラックで、なんと日本語で「風がくれたメロディー」という曲を歌っていた。これは「NHKみんなのうた」で流れていたんだそうな。
とはいえ、私は「Bonaはこの2枚でいいかなぁ」と思っていた。というのも、私自身のキャパを超えていたのである。ワールドミュージックとでもいえばいいのだろうか、とにかく世の中の広さを思い知らされたわけだが、当時私は30代。もう少し経験が必要なように感じた。まぁこれも一つの大きな経験なわけだけれども……。
なのになぜ3枚めの『Munia / The Tale』を買っちゃったわけか。答えは簡単、良かったから。特に1曲目。「試聴だけしとこうかなぁ」と思って聴いたら、完全にやられてしまった。アカペラの多重コーラスだろうか。その1曲だけで買ってしまった。恐るべし、Bona……。
まぁそんなわけで、実をいうと私の場合Bonaのソロを追いかけることに関してはここで止まっている。というのも、Bonaはそれ以降実にいろんなところで顔を出しているから、追いきれないのだ。渡辺貞夫ともやっていたし、渡辺香津美との『Mo'Bop』シリーズもそうだし、Keiko Leeの『Vitamin K』でもコーラスやってたし、極めつけはPat Metheny Groupだろう。『Speaking of Now』(2002)では、なんとベース以外での参加である。
できればCDではなくDVDで見た方がいい(Pat Methenyは「ツアー(ライブ)で完結する」と言っているから、あながちこれは誤りではない)。「Richard Bona! On everything!!」と紹介されているから、笑ってしまう。もともと決まったベーシストがいたわけで、ツアーに参加できるユーティリティープレイヤーを探していたPat MethenyがBonaに紹介してほしいと電話したところ、「ちょうどいいのがいるよ、それは僕だ」と言ったとかなんだとか。そしてぜいたくにもPat Methenyは、本当にベース以外でBonaを使ってしまったのだ(正確には最後の曲だけベースを弾いている)。
というわけで、Bonaはいろんなところで名前や顔をみかけるので、「あぁ、元気なんだなぁ」と安心する。たまに日本にも来ているようで、それもなんだかうれしい。もとはと言えば間違いから出会った存在だが、そこから長きにわたって聴き続けているんだから、きっかけなんてわからないものだ。
ちなみに、Victor BaileyとRichard Bonaは、ともにウェザー・リポートのジョー・ザヴィヌルに見出されているという共通点があることはある。