<日本灯台紀行 旅日誌>2022年度版
<日本灯台紀行 旅日誌>2022年度版
第15次灯台旅 四国編
2022年11月12.13.14.15.16.17.18.19.20日
#7 三日目(3) 2022-11-14(月)
民宿
たしか、午後の二時過ぎだったと思う。太陽が少し西に傾き始めて、世界がややオレンジ色に染まり始めたころだ。展望台のベンチに座って、何時ころ引き上げようかと決めかねていた。というのは、暗くなる前には、岬を下りて、民宿に着きたかったからだ。下りとはいえ、細くて曲がりくねった道を、暗くなってから走りたくないし、民宿のチェックインは18時と決まっている。形而上の問題と形而下の問題との振れ幅が大きいのは毎度のことだが、この時は形而下の問題に頭を悩ませていたわけだ。
本来ならば、夕日が沈む時間帯まで、この場所で粘るのが筋だろう。駐車場が、すぐそこにあるならば、むろん、そうしたさ。だが、山道を歩いて四十分、それからまた山道を車で二十分下らなければ民宿には着かない。今の季節、五時になれば真っ暗だ。したがって、余裕をもって、三時過ぎに出ればいい、と結論した。とはいえ、生来の心配性、小物の性で、三時と決めたのに、二時半頃には引きあげてしまった。早く着くぶんには問題ない、とね。
<行きはよいよい 帰りは怖い>とはこのことだ。駐車場までの、最後の坂道が長い、長すぎる!カメラバックの重みで押しつぶされそうだ。結局のところ三脚も望遠カメラも、多少は使ったが、必須とまでは言えないだろう。明日は軽装備で来よう。
坂の途中で何組かの観光客とすれ違った。こちらから会釈したり、挨拶したりすると、お義理の反応が返ってきた。<山ですれちがったら挨拶をする>というのは、マナーなのではないか?今日日、とくに若い奴らには、この常識が通らないようだ。ま、いい、いろいろあるさ。
やっと、駐車場にたどり着いた。ほぼ限界、汗だくだった。三時半頃だったようだ。まだ、かなり明るくて、駐車場には、けっこう車が止まっていた。そくそくと着替えなどをして、10分ほどで出発した。
細い山道を車で下った。一度登ってきた道でもあり、まだ明るかったので、さほど気を使うことはなかった。とはいえ、これが夜だったら怖いな、と思った。早めに出てきて、正解だよ。
ピンク色した五階建ての民宿には、<四時十五分頃>に着いた。道路の向かい側に駐車場がある。下見していたから、迷わず右折して中に入った。納屋があり、広々している。駐車場というよりは、空き地だな。すでに、三、四台車が止まっていた。
着替えなどを入れた大きなトートバックを肩にかけて、民宿の中に入った。あれ~、受付がない。料理場の裏のようなところだ。間抜けな話で、裏口から入ってしまったようだ。狭い通路を歩いて、受付カウンターを見つけた。見回すと、ロビーもあり、本来の入り口は、その先にあった。
雑然としている。誰もいない。呼び鈴を押した。どこからともなく、中年の女性が出てきて、手続きをしてくれた。支払いはチェックアウトの時でいいらしい。ついでに、<クーポン券>のことも聞いてみた。夕食の時に係の者が持っていきます、とのこと。やっぱ<クーポン券>はもらえるのだ。気分良く、ロビーの奥にあるエレベーターに乗った。
部屋は四階だった。和室の八畳間くらいで、まずまずきれいだった。すでに布団がちゃんと敷いてあり、座卓の上には、お茶の道具がそろっていた。脇に、浴衣もある。もちろんテレビもあり、エアコンも新しい。押し入れから、座布団一枚と、ハンガー数本を取り出した。浴衣に着替えて、お茶を入れて飲んだ。そのあと、五階の風呂に行ったような気もするが、よく覚えていない。
そうそう、トイレと洗面所は、部屋のすぐ前にあって、どちらもきれいだ。臭いもしない。ほかに、廊下に面した部屋が五、六室ほどあった。そうじて、民宿の割には、いい感じだ。廃屋寸前のホテルにばかり泊まってきたから、そう感じたのかもしれない。
おそらく、風呂から帰ってきて、一息入れて、六時ちょっと前に夕食を食べに下に降りたのだろう。案内された部屋には、若い会社員のような奴がいた。男の一人旅のようだ。挨拶はない。テーブルは別々で、すでに食べ物が、これでもか、というほど並んでいた。
やや気づまりな雰囲気の中、若い奴のことは無視して、食べ始めた。と、さらに、温かい煮魚や大きなエビが入っている味噌汁などが次々に運ばれてきた。地物の刺身も<ごまん>とあり、大きな鍋もある。どう考えても、二人前以上だ。これは食べきれないかもしれない、とやや不安になってきた。
そこへ、若い体格のいい男の従業員が、入ってきた。気になっていた<クーポン券>を持ってきたのだ。説明によると、愛媛県から三千円分、伊方町からも三千円分、出るらしい。ええっと、前へ、のめった。
平日宿泊の場合、愛媛県から三千円分のクーポン券が出るのは知っていた。しかし、そのあとの、伊方町からも出るとは、この瞬間まで知らなかった。とっさに、頭の中でソロバンをはじいた。一泊二食付き一万円のうち、国から四千円、県から三千円、町から三千円補助が出るとすれば、実質ゼロ円で泊まれることになる!
もっともこれは、早とちりだった。伊方町のクーポンは、何泊しても一回しか出ない。自分の場合二泊するから、一泊当たり千円五百円になる。とはいえ、あれだけの量の料理を食べたのだ。ありえないでしょう!
ただ、<クーポン券>は旅中に消化しなければならない。九千円分の<クーポン券>を、いったい何に使うのか?ガソリンが最高だろう。使えるガソリンスタンドもちゃんと下調べしてある。あとは、コンビニやドラッグストアーで、日常的に消費する食品を買おうと思っている。まちがっても、くだらないお土産などは買わないようにしよう。
さてと、あっという間に、テーブル中の、ほとんどの料理を食べ尽くした。手当たりしだいに、腹に詰め込んだので、味がよくわからなかった。ただ、刺身に関しては、地物の魚と貝類だけで、<マグロ>がなかったような気がする。まあ~、この際<マグロ>など、どうでもいいではないか。ほぼ完食して、立ち上がった。隣の若造は、ちまちま、まだ食べている。意味のない優越感を感じて、部屋を出た。
今日は、朝から晩まで、ほぼ予定通りだった。いい写真が撮れたし、大活躍だったな。部屋に戻った。出入り口の小さな敲には靴箱があった。靴の臭いがしないかわりに、消臭剤の臭いが、ひどい。もっとも、部屋の戸を閉めてしまえば臭わない。このくらいは我慢しよう。なにせ、一泊二食付きで実質千五百円だ。心の中でほくそ笑んだ。布団の上にごろっと横になって、テレビをつけた。腹がいっぱいで、もう何も食えん!メモ書きなども面倒だ。ゆっくり眠ろうじゃないか。何の不安も心配もなかった。
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